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  • 全国浄青 別時念佛会 於 高松法然寺

    全国浄青 別時念佛会 於 高松法然寺

    1月29日(月)香川県高松市の法然寺さまにて全国浄土宗青年会「別時念佛会」が行われ、奈良浄青からは会員7名が参加しました。法然上人がご配流の折、その地にあった生福寺に滞在し念仏教化をされました。後に松平頼重公(徳川家康の孫)が荒廃していた生福寺を再興し、場所を移して仏生山法然寺となりました。広い境内地と立派な伽藍を有し、二十五霊場の第二番に数えられまています。

    はじめに境内を参拝させていただきました。山門は二段構えになっており、県道に面した総門と伽藍の入り口である黒門との間の数十メートルの参道が二河白道をあらわします。かつては両側が火の川水の川を模した池であったそうです。沿って建つ十王堂には奪衣婆や閻魔大王がまつられていました。黒門より先は極楽浄土であるため、藩主も駕籠から降りて門をくぐったとのことです。

    境内に入ると、真新しい塔が目につきます。八百年大遠忌に完成した五重塔です。奥の小高い山が御廟所。急な石段をしばらく上ると中腹に来迎堂があり、二十五菩薩の御像が極楽浄土へ誘います。さらに登り山頂に至ると般若台(高松松平家の墓所)があらわれます。普段は立入りが禁じられていますが、今回は特別に開扉いただきました。立派な門と塀で囲まれた敷地内には法然上人の御陵を中心に、歴代藩主の墳墓が200基ほど並びます。有事には砦としての機能するような造りで高松市が一望できる絶景でした。

    参拝の後は本堂でご住職より法然寺さまの歴史についてご講話を頂戴しました。水戸徳川家と高松徳川家は密接な関係にあり、養子を交換しながら幕末まで系譜を守ったことなど、大変興味深く拝聴しました。お話の後、涅槃堂にて別時念佛をさせていただきました。釈迦・弥陀・弥勒の三世三仏と、讃岐の寝釈迦として知られる涅槃像を前に、満堂の青年僧と共にお称えするお念仏は素晴らしいひと時でした。名残惜しく讃岐の地を後にしましたが、杉山理事長のご挨拶にも、この充足感・充実感の前にはどんな言葉も蛇足にしかならない―とありました通り、この御縁を頂けたことに深く感謝します。

  • 近畿ブロック浄土宗青年会 研鑽別時念仏会 於 和歌山法然寺

    近畿ブロック浄土宗青年会 研鑽別時念仏会 於 和歌山法然寺

    2月7日、和歌山教区野上組法然寺にて近畿ブロック浄土宗青年会の研鑽活動として別時念仏会が行われました。40名を超える参加者があり、奈良浄青からは7名が参加しました。

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    法然寺は法然上人が二度にわたりお立ち寄りされた遺跡です。一度目は法然上人が55歳の時、熊野参拝の道中に足を運ばれ、直筆のお名号を石に刻まれました。さらに四国流罪からの帰路に再び法然寺に立ち寄られ、自作の御影像をお造りされました。またこの時には来迎図にお名号を遺されました。

    周囲を静かな山に囲まれながらも、真西にのみ海を臨むことのできる法然寺は別時念仏会に最適の場所でありました。ご住職のご好意で年に一度しか開帳されない自作の御影像のお厨子を特別に開いていただき、法然上人の温もりの残る中での別時念仏であったように感じました。

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    ご住職から直筆のお名号が年月と共に薄くなりつつあるとのお話がありました。物や人はいずれ変化し失われてゆく一方で、お念仏の功徳は決して失われることはありません。この素晴らしいお念仏を後世まで間違いなく伝えてゆくことが、私たち青年僧のつとめであると再認識いたしました。

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