6月6日(月)新たに会長に就任された松谷会長の御寺院であります奈良市東笹鉾町にある浄國院を会処として理事会併修のもと第一回求道誓願念仏会が行われました。19名の浄青会員の方が参加くださいました。
会員共々、念仏会中はすこし堂内を暗くして御本尊の阿弥陀様に思いをこらしてお念仏をたくさんお唱えいたしました。みなさんの声が響き渡り素晴らしい念仏会を開催することができました。

2月17日(木)斑鳩 吉田寺様において、近畿地区浄青研鑽会が開催されました。「ぽっくり往生の寺」として広く知られる吉田寺様ですが、我々奈良浄青にとっては、なんといっても毎年恒例の三千礼拝行仏名会でお世話になっている、大変馴染みの深いお寺です。
この度の研鑽会では、近畿各教区から会員がZOOMで参加し、吉田寺様をオンラインで参拝させていただくという試みで、お寺の縁起話に始まり、三千礼拝行を始めるに至った経緯などを、ご住職の山中眞悦上人からお話しいただきました。
昭和58年から始まったという吉田寺様の三千礼拝行仏名会。当時の奈良浄青会長は三宅 浄土寺の藤田能宏上人でした。その藤田上人が会長を受けるにあたり希望された条件が「浄青で百万遍念仏と三千礼拝行を実践したい」というものでした。奇しくもその年に新会員として入会されたのが、ご住職山中上人。会から「三千礼拝行の会処に吉田寺様を」との話が持ち上がり、そのお話を快くお受けされたのが、山中上人の御父様、先代ご住職であったそうです。
聞くと吉田寺様では、戦前まで仏名会が勤められていた記録があり、戦後途絶えていたその仏名会を、何とかもう一度復興出来ないかと、長年思案していたそうで、そこに舞い込んで来たのが浄青からの依頼でした。吉田寺様としては、まさに渡に船の尊いお話だったそうです。
以来39年間、吉田寺様と共催という形で一度も途切れることなく続いている、奈良浄青の恒例行事。
ご住職にお話をいただいた後、後半は近畿地区浄青 稲岡賢純理事長をお導師に、お勤めの中で、その恭敬礼拝を百礼だけですが画面を通して勤めさせていただきました。
本年は三千礼拝行仏名会が始まり40周年を迎えるとのこと。
今回の研鑽会を通して、近畿各教区から新たに多くのご縁を結んでいただければ有り難いと思います。
1月17日(月)近畿地区浄青会員親睦交流会が奈良浄青担当にて行われました。会処に當麻寺奥院さまをお借りし、奥院副住職であり奈良浄青会員の川中教正上人より、「當麻曼荼羅」の絵解きの実演をいただきました。現地での参加は、滋賀教区より稲岡賢純理事長はじめ執行部(4名)と、奈良浄青会員(11名参加)にとどめ、その他の会員はオンラインでの視聴参加となりました。
「當麻曼荼羅」は奈良時代に中将姫が織り上げたとされる、4メートル四方もある巨大な曼荼羅で、當麻寺の御本尊となっています。
その境遇から幼少より艱難辛苦に遭われた中将姫が、當麻寺の地で仏の救いを求め出家をし、後に出会われたのが『観無量寿経』でした。そこに説かれる阿弥陀仏の極楽浄土の世界を、誰もが目で見て解るようにと蓮糸で丁寧に織り上げられ、お経の世界が描かれたものが「當麻曼荼羅」です。
古くから極楽浄土の聖地と呼ばれ人々の浄土信仰を集めてきた當麻寺、その地に伝わる「當麻曼荼羅」について、絵解きを通して川中上人よりご教示をいただき、まさに極楽浄土の世界を体験しているような貴重な時間を過ごさせていただきました。
後半は、奥院さまの本堂にて御本尊法然上人像を前に別時念仏会を勤めさせていただきました。27年前の今日は、阪神淡路大震災の起きた日でもあります。白馬会長のもと改めて皆で被災物故者に思いを馳せ、念仏回向を捧げました。

12月1日〜3日、斑鳩 吉田寺様において三千礼拝行仏名会が行われました。
秋以降、コロナ感染者数が減少傾向にありますが、執行部での協議の末、今年度の三千礼拝行も浄青会員は時間を限定して参加させていただく事となりました。昨年と同じく、三日間午後からの300礼を二席(初日、二日目は計600礼、三日目は計500礼) 三日間で都合1700礼の念仏礼拝行に励みました。
奈良浄青の恒例行事となっている三千礼拝行、その始まりは昭和58年とのこと。
それから39年間、途切れる事なく吉田寺様において勤められてきました。
筆者の私事ですが、昭和62年に当時浄青会員であった父親が37歳の若さで遷化しています。
その父がまだ駆け出しの青年僧侶だった頃、この三千礼拝行に参加していたようで、浄青ならではの懐かしいお話をご住職の山中上人から聞かせていただきました。
多くの歴代会員の方が汗を流し励んで来られた三千礼拝行仏名会。
昨年来のコロナにより、浄青としては数を制限しての参加形態とはなりましたが、今年も無事に三日間勤めさせていただきました。
お世話になりました吉田寺様には、この場をお借りして御礼申し上げます。合掌
当日の動画はこちらからご覧いただけます。
https://youtu.be/-s4ADuStSNU

9月1日(水)第17回全国浄土宗青年会全国大会が開催されました。昨年は新型感染症の影響により開催自体が中止となってしまった夏の終わりを告げる全浄青の恒例行事。一年が過ぎ、未だ終息の見えないコロナ禍の状況の中、今年はZOOMにてのオンライン配信による開催となりました。ご担当いただいた近畿地区 滋賀教区浄土宗青年会執行部の皆様には、諸準備等大変苦心されたこととご拝察いたします。万事トラブルもなく素晴らしい全国大会となりました。全国から290名近い参加があり、奈良浄青からは7名の参加がありました。
講義①として
「求道者たれ〜布教の心得を通じて〜」と題して、福井教区西福寺ご住職 総本山知恩院布教師 二橋信玄上人にご講義をいただきました。
滋賀県八日市市(現・東近江市)のお寺の四男としてお生まれになった二橋上人は、ご縁あって16歳の時、当時の総本山知恩院執事長 鵜飼隆玄師の弟子となられ、敦賀西福寺に預けられます。師匠である鵜飼師がはじめに仰ったのは「求道心無きものは去れ」という言葉でした。
多感な時期に、僧侶になる心も定まらないまま故郷を離れ、高校に通いながらの慣れない小僧生活に苦悶苦闘の日々を過ごされます。
そんな生活が続く中、ある先輩のお誘いで若手青年僧侶の集まりに参加されます。
当時の浄土宗は、開宗800年を控え、その機運を高めようと、全国各地から青年僧侶が集い、知恩院を目指し京都の街を念仏行脚したそうです。今に至る「全国浄土宗青年会」の起こりでした。そうした同世代の青年僧侶の真摯な思いに、心突き動かされるものがあったと。
また同じ頃、嵯峨清涼寺で勤められた五重ざらいに参加するご縁があり、お念仏を申し喜ぶ人の姿を目の当たりにされます。そこはかつて求道者法然上人が訪れた地。
導かれる様な様々な尊い縁が重なり、その後、回向師、また布教師としての道を歩まれ、檀信徒教化に励んでいかれます。
「求道者としてどうあるべきか?」
自問自答を重ねてこられた、これまでのご経験をもとに、全国浄青発足当時を知る謂わばレジェンド世代の大先輩が、我々現会員に熱意を持って布教の心得をご教示くださいました。
講義②として
「おうみ米一升運動を語り合う」と言う講題で、佛教大学大谷教授と淑徳大学藤森教授との対談形式で行われました。
「おうみ米一升運動」とは滋賀浄青が生活困窮者や災害被災地への支援を目的に、平成22年より行なっている福祉活動です。
1つ目のテーマは「おうみ米一升運動について」藤森先生からは歴史的観点から現代の福祉活動としての位置付け、どう評価していくか、また各地域の「〇〇米一升運動」として広がっていけばとの期待、大谷先生からは同じく歴史的な位置付け、宗教活動としての社会貢献、地域の特徴に根ざした活動として、宗教者が行う福祉事業としての可能性や2000年代の仏教は「発信」と「実践」である等、それぞれに評価いただきます。
2つ目のテーマは「東日本大震災をはじめとする災害時の寺院の在り方とは?」災害時における寺院は被災当事者であると同時に避難所等支援者としての公共性を求められる役割があるという事、またその対象はお檀家さんだけでなく地域社会の全ての人であるという事、その為には日常からの繋がり、付き合いが大切である。そして寺院としての役割と僧侶としての役割は異なるものであり「お坊さん」としての立ち振る舞い、寄り添う姿が大事である。しかし、寺院や寺族自身が被災者として消耗する状況において公共性をどこまで捉えるかという課題もある等問題提起をしていただき、寺院の公共性や僧侶としての可能性についてそれぞれのお考えを話して下さいました。
3つ目のテーマが「平時用における地域社会と寺院の関わりについて」という事で、前のテーマでも語られた日常からの地域社会との繋がりの大切さ、非常時にできる事は平常時の延長でしかないこと、また被災者側からの期待もあり行政とも連携すべきであるとの見解を述べていただきました。普段から寺院を解放しての行事などを行っているお寺が約4割、特に行っていないお寺が6割というデータ等からも、まだまだ積極的に地域社会との関わりを持つべきであり「お寺を開くとは?」という寺院が担うべき社会貢献活動について改めて考える機会となる貴重な時間となりました。
講義③として
「ありがたみを見つける」という講題で、落語家 桂三度師匠をお迎えしご講義いただきました。
冒頭は事前に募集していた質疑に応答する形で、最後に落語を披露して戴きました。
三度師匠は、元お笑い芸人でもあり、傍ら放送作家でも数々の人気番組を手掛けていました。それがなぜ落語家の道に入ったのか?芸人の時、コンビ解散などを経験もしたが生活はできる給料を貰っていた。しかし、地に足が着いてない感じがずっとあったそうです。これまで人生の重要な時は「自分の勘」を伏せて相手や周りの意見に合わせてしまっていた。この落語をやる事に関しては、これだーっと思った「自分の勘」を貫き通したそうです。時間が経つにつれ地に足が着く感覚になり、今では自分の身体と口さえ在れば、何処でも行けるし喋れる、更なる向上心もでるので落語家になって良かったと思えるそうです。
そして、話をする時に意識していることは、観客の多い少ないは関係なく、背中から沢山の手を出して大衆の皆全員と両手で握手してるいる様な感じで、会場全体を包み込む様な思いで、真剣な気持ちでお話すれば相手にも一生懸命さが必ず伝わる。と面白い表現でお話されました。
これは我々僧侶にも通じるものであり、とても大切な事であると感じました。
また、僧侶は地元の方々と日々触れ合い同じ様な生活をして身近であれば良いと思う、そういう僧侶が良いとお話されました。
最後は皆で「同称十念」、ではなく「1、2、さぁん、ダァ〜」で締め心は一つとなりました。終始、笑いが絶えない惹きつけるお話に、会場で拝聴したかったと感じました。

5月24日(月) 近畿地区浄土宗青年会の第43回総会・第54回研修会が開催されました。京都府下に再度、新型感染症の緊急事態宣言が発令された為、今年度の総会研修会は、急遽ZOOMによるオンライン配信のみの開催となりました。総会ではオンライン投票を用いて、昨年度と今年度の事業・会計報告がそれぞれ承認されました。
引き続いての研修会では、3人の先生方にご講義を賜りました。
講義① 総本山知恩院布教師 安部隆瑞上人より
「機を料(はか)らう 〜ありのままの自分を見つめる〜」
と題して、ご講義をいただきました。
講義の前半では、我々に馴染みの深いご法語『一紙小消息』より「末代の衆生を往生極楽の機にあててみるに」という冒頭の部分を引用し、時(時代)、機(人の器)、教(教法)の3つの視点に触れられました。浄土門の教えにおいては、この三つが噛み合い整合しているからこそ、末法濁世の時代において、煩悩具足の凡夫の我々であっても、本願念仏の教えにより、確かに救われる道があると、様々なお書物を引用しお示しくださいました。
後半は講義の内容を基に、法然上人のご法語『機教相応』を讃題として、布教実演をしてくださいました。
今期の近畿地区浄青の活動テーマは「信機 我が身の程を信じて」であります。
活動テーマにも掲げた、浄土宗の根幹となる大切な教えの一つを、改めて学ばせていただきました。
講義② NPO法人ジャパンハートの吉岡秀人氏より
「共生の心でアジアの命と向き合う」と題してお話いただきました。
吉岡氏は、東南アジアをはじめ国内外に広く医療支援を行っておられます。
30歳で単身ミャンマーに渡った吉岡氏は、悲惨な医療現場を目の当たりにされます。風土病や火傷などの外傷から、多くの子どもが5歳を待たずに命を落としていく―それを見殺しにするしかないもどかしさに苦悩されながらも、その現状に立ち向かってゆかれます。そんな吉岡氏の姿に、心ある人の力が少しずつ集まり始めます。腫瘍に冒され死を待つばかりの男の子を思い切って日本に連れて帰った際には、手術を引き受けてくれた旧知の病院長が数百万円の費用のほとんどを援助してくれました。医療スタッフも集まり、カンボジアの病院設立資金をクラウドファンディングで募ると希望額の何倍もの寄付がありました。吉岡氏の活動が周りの人の善行を引き出したのだと感じました。私たちも青年会を通じて布施行や慈悲行を実践することで、一人一人の力は小さくとも周囲を巻き込んだ有意義な活動となるのではないかと考えさせられました。
吉岡氏は、「人の命を救うことは自分の命を救うのと同義である。」と見出されます。「人間は自分のことは自分では分からない。人の目に映る自分の姿からしか自分の価値を認識できない。だから、人が救われないと自分も救われない。」人のための布施行・慈悲行こそが、私たち自身を満たしてくれる-自利即利他、二利円満に通じるお話でありました。
講義③ 仏教研究学者の西山亮哲上人より
「機根にまつわるエトセトラ」と題してご講義いただきました。
機根の基礎知識、梵天勧請について、維摩経に出てくる舎利弗のお話などを原典に沿って、ユーモアを交えつつ解説いただきました。
維摩経と聞くと僧侶の私たちでも難しい印象がありますが、面白いストーリーになっているということを分かりやすくお話しいただいたことが印象に残りました。
また、西山先生は30代後半とまだお若く、同じ青年僧侶が頑張っているお姿に励まされました。

令和3年2月24日(水)、第三組 結崎 極楽寺様において、第二回防災・減災学習会として、ボーイスカウト香芝一団であり看護師の田村様をお招きし、災害時などに役立つ救急法を学びました。会員11名の参加がありました。
包帯や三角巾の巻き方など日常的に役立つものから、熱中症時の応急処置、心臓マッサージの実演や、AED装置の扱い方など、緊急時の救命法についてもお話いただきました。
実演を交えた講義中も先生はこまめな水分補給を呼びかけておられました。夏場に特に多くなる熱中症ですが、実は秋冬も空気が乾燥しており、脱水症状を引き起こしやすいとのこと。人間は汗をかかなくても、皮膚や呼気から1日に約2000mlの水分量を失っているそうです。そして三度の食事で得られる水分は1日約1000〜1500ml。つまり、排出される水分の方が多く、食事だけでは身体に必要な水分が補えていないのだそうです。脱水症状は体調不良や、様々な病気を引き起こす原因となる、水分補給は特に意識しておく事が大切であるとの事でした。
何事も普段からの意識づけが大切である。
防災・減災への備えにも、通ずるのではないかと気づかされた研修でした。

12月9日(水)、一組 浄國院様にて、六時礼讃会を行いました。会員10名の参加がありました。
先日の三千礼拝行に引き続き、この六時礼讃会も奈良浄青の恒例行事として、歴代会長のもと長年継続されています。筆者が初めて参加したのは、15年くらい前、20代半ばの頃だったと記憶しています。担当した「無常偈」の節がわからず、先輩に教えてもらい汗をかきながら必死に唱えた、そんな浄青ならではの懐かしい思い出があります。それから早15年、気がつけば会員の中でも年長の部類になってしまいました。
六時礼讃とは、善導大師の説かれた『往生礼讃偈』を、一日六回に分けて唱え、阿弥陀仏を讃歎し、極楽往生を願いながら礼拝をする法会です。
各礼讃偈の最後には必ず「無常偈」を唱えます。「この世は儚く無常である、だからこそ極楽往生を願いお念仏に精進せよ」と。それでも時にその事を忘れ日々を過ごす凡夫の我々を誡めんが為に、「無常偈」が繰り返されるのだと思います。
師走に入り、何かと気忙しく日々を過ごすなか、改めてその事に心を向けて、共々に自策自励してまいりたいと思います。
法会を終えお寺を出ると、境内がライトアップされ綺麗に照らされていました。すっかり日が暮れるのが早くなりました。今年最後の行事という事で、夜はささやかな忘年会へと席を移しました。