嵯峨清凉寺参拝

今年度は奈良浄青50周年記念事業として「五種正行」に準えた活動を行っています。
6月26日午後、「観察正行」として嵯峨清凉寺釈迦堂に参拝しました。
清凉寺さまのご厚意で三国伝来の生身のお釈迦さまを御開帳いただきました。
お釈迦さまの御在世にお姿を写して造立された御像で、お姿を直接今に伝えるご本尊さまです。
後に鳩摩羅什親子によって中国へ伝えられ、宋代には奝然上人によって日本にもたらされました。
詳しい経緯や清凉寺の縁起についてのご説明を頂戴しました。

清凉寺は、比叡山から暇を頂かれた24歳の法然上人が、七日間参籠されたお寺です。
法然上人はこの後、南都遊学し碩学を訪問しておられます。
比叡山の天台の学問に満足しきることが出来ず、ご自身のすすむべき道を模索しておられる最中でありました。
比叡山を下りられた法然上人がご覧になったのは、ひどく荒れ果てた都の光景でした。
目に入るのは度重なる戦火に焼かれた家々から燻りあがる煙であり、身にまとわりつくのは疫病の気配であり、鼻をつくのはそうして命を落とされた人々の躰からくる腐臭でした。
清凉寺は当時としては数少ない、誰しもがお参りできるお寺であったようです。
ここで、お釈迦さまの足にすがりついて救いを求める数多の老若男女の姿を目の当たりになされた法然上人は、ご自身だけではなく、万人の救済の道を強く願うようになられました。
前にも触れましたが、奈良浄青の会則第二条「目的」は
「本会は宗祖法然上人の立教開宗の精神に基づいて青年僧侶の研鑽と親睦を計り教化の実をあげることを目的とする。」
となっています。

立教開宗の精神については勅伝に、

我、浄土宗を立つる心は、凡夫の報土に生まるることを、示さんためなり

とあります。
「示さんため」―ご自身ばかりではなく、多くの人々のためのお念仏でなければならない。
利他の念願を深められたであろう法然上人の御心を思わせていただきました。
開宗の遠因ともなった清凉寺に、同じ青年僧の時にお参りできたことは大変有意義でした。
令和の時代―法然上人のご在世とは違い、お念仏という受け取りやすい形で仏教が世の中にあります。
全国7万カ寺とも言われるお寺が津々浦々に門戸を開き、そのうち数千カ寺は浄土宗のお寺です。
その一方で、この世の本当の姿は見えにくくなっています。
平和であり、物質的にも豊かであり、この世の本質である苦からは簡単に目を背けることのできる世の中です。
お念仏の尊さを「示さんため」には、この世の真実を掘り起こす努力ときっかけが必要です。
生身のお釈迦さまの前でお念仏をお称えする中で、まず私たち自身が目を背け続けている苦を直視するのと同時に、本当の幸せを「示さんため」に私たち能化が今後どうあるべきか―という問いに一層深く向き合っていくこと決意しました。

今回、取り組もうとした「観察正行」ですが、

近来の行人、観法をなす事なかれ

とあるように、簡単に実践できるものではありません。

観察正行というは、これは、かの国の依正二報のありまさまを観ずる也

観察には仏身・往生もありますが、仏土の観察に始まります。
奈良浄青では50周年記念事業のもう一つの柱として、奈良浄青物故者の位牌・過去帳の作成を進めております。先にご遷化なされた先輩方の遺徳を偲ぶ位牌であるのは勿論ですが、同時に自分たち自身の位牌・過去帳との意識をもって進めております。今回の活動には20名の会員が参加しましたが、誰しもがやがてそのお位牌に入り、過去帳に名前を連ねることになります。私は果たして何番目だろうか―。

うまれては まず思ひいでん ふるさとに 契りし友の ふかきまことを

年齢も環境も思いも将来も違う20名ですが、いつか同じように迎えとっていただく阿弥陀さまの極楽浄土を思いながら、一座の法筵とさせていただきました。