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  • 近ブロ浄青 第37回総会・第48回研修会 於 ANAクラウンプラザホテル神戸

    近ブロ浄青 第37回総会・第48回研修会 於 ANAクラウンプラザホテル神戸

    5月20日、ANAクラウンプラザホテル神戸にて近畿ブロック浄土宗青年会の第37回総会ならびに第48回研修会が行われました。奈良浄青からは24名が参加しました。
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    第37回総会では平成26年度の事業報告・決算報告が行われ、平成27年度の事業計画案・予算案が承認されました。前年度からの懸案事項であった会費の値上げについても、執行部議論の末、現時点では据え置きという結論になったことが報告されました。谷口理事長の二年目の活動がスタートしました。
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    総会に引き続いて第48回研修会となり、3名の講師をお招きしお話を拝聴しました。

    【研修①】
    浄土宗僧侶のあり方を考える ~『蓮門住持訓』を手がかりとして~
    大正大学非常勤講師 郡嶋昭示師

    江戸時代中期から後期にかけて成立した『蓮門住持訓』をもとに、現代の浄土宗の僧侶がいかにあるべきかをお話しいただきました。昨今、僧侶に対する社会の目はますます厳しさを増しているが、『蓮門住持訓』が著された江戸中期も比較的豊かな時代であり僧侶のあり方に疑問が抱かれていたのではないか―という推察のもと、『蓮門住持訓』の概要をご紹介いただきました。現代でも色あせることのない正論であり、同時に耳の痛い内容でもありました。その上で『蓮門住持訓』は、これらの訓戒を与えられ守らねばならない立場にありながら、それができない自分である―浄土宗僧侶に凡夫の自覚を促すための書物である。『蓮門住持訓』の受け止め方の一つをご講義いただきました。
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    【研修②】
    英霊公葬運動から見る戦争と宗教の問題
    埼玉大学教養学部准教授 一ノ瀬俊也師

    戦後70年を迎える中、憲法改正をはじめとした平和とは何かを考える機会が多くなっています。日本近現代の戦史を専門にされている一ノ瀬師より、戦死者の葬儀が人々の戦争に対する意識にどのように影響を与えていたかという視点からお話を頂きました。葬儀の意義には大きく宗教的意味と社会的意味の二つがあり、僧侶を含め宗教者が主に関わるのは宗教的意味になります。戦時下では人々の意識を戦争協力へ向けるための場の一つとして戦死者の葬儀がありました。戦死者の栄誉を称え、相手国への敵愾心を煽り、遺族の悲しみを抑える―戦死者の葬儀を盛大に行うことで、人々の意識は大きく変わったということです。僧侶の中でも葬儀のあり方が常に議論されますが、宗教的観点は当然ながら社会的観点の切り口をもつことが、現代の葬送儀礼にある問題解決のヒントの一つになるのではないかと考えさせられました。
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    【研修③】
    聖地ブッダガヤで体感する仏教
    インド仏心寺を支援する会理事 清水良将師

    兵庫教区神戸組安養寺の所属であり浄土宗青年会の現会員でもある清水師は一年の半分をインドのブッダガヤで過ごされています。清水師はブッダガヤの仏心寺という無宗派の寺院を護持しながら、現地の人々の支援や宿坊の管理をなさっています。ブッダガヤを訪れる人々との交流から感じる日本の僧侶のあり方や、現地に根付く仏教精神を体験談を交えてお話いただきました。仏心寺を訪れた旅行者の様子や変化のエピソード、彼らからのアンケート結果もご提示いただき、切に仏教に触れたいと願う若者の生の声に、僧侶のあるべき姿について考えさせられました。
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  • 近ブロ浄青会員親睦交流会② 於 神戸

    近ブロ浄青会員親睦交流会② 於 神戸

    前半はこちら→http://narajosei.info/archives/2308

    3番目に参拝したのは天台宗の能福寺です。奈良の大仏(東大寺)・鎌倉の大仏(高徳院)と並んで日本三大仏として知られる兵庫大仏をお祀りするお寺です。街中に突如としてそのお姿が表れます。
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    廃仏毀釈運動の中、篤信の人々の努力により建立された一代目の大仏は戦時下の供出に遭い、今は二代目の兵庫大仏だそうです。いずれも厳しい向かい風の中に発願された大仏です。付近には平清盛公が築かれた大輪田泊跡があり、境内には清盛供養塔が建てられていました。

    最後に脇浜の阿弥陀寺にお参りしました。配流中の身であった法然上人の教化を受けた法入大徳が開山上人です。
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    今は埋め立てが進んで住宅地となっていますが、当時付近は浜辺のすぐ近くであったそうで、法然上人がこの地を去られる際に浜辺に松の枝を三本差されます。その後、赦免された法然上人が帰京される時には、その松は大樹となり同時にお念仏の信仰もこの地に深く根付いていたということです。現在は五代目となる松が境内に植えられており、法然上人のお念仏の教えとともに現代まで生き続けています。
    ご本尊は三尊一体(御尊顔は阿弥陀如来 御身体は観音勢至菩薩)という大変珍しい阿弥陀如来立像です。まらその響きで六甲山の人々までをお念仏信仰に導いた山越えの鐘が寺宝として護られています。
    平成七年の阪神淡路大震災には本堂が倒壊しましたが、法然上人像は無傷のまま再建された本堂に安置されています。復興の際に必要に応じて無料の託児所としてはじまった「みのり保育園」の子供たちに見守られながらしばしの間お念仏をお称えいたしました。

    バス参拝ののちはグランドパレス神戸の一間にて懇親会が行われ、ひと時楽しい時間を過ごしました。
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  • 近畿ブロック浄青研鑽会 於 蓮華寺

    近畿ブロック浄青研鑽会 於 蓮華寺

    9月4日、滋賀県米原市番場にある浄土宗本山・蓮華寺にて近畿ブロック浄青研鑽会が開催されました。近畿ブロック内の各教区浄青から約60名が集まり、奈良浄青からは8名が参加しました。

    蓮華寺の創建は古く聖徳太子によるもので、「東の法隆寺」と呼ばれていました。落雷による焼失後、浄土宗三祖・良忠上人の弟子である一向上人(法然上人のひ孫弟子)が再興して蓮華寺と改めました。江戸時代には時宗開祖・一遍上人の時宗に組み入れられますが、昭和17年に浄土宗に帰属し、浄土宗唯一の本山としてその法灯が受け継がれています。

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    そのような伝統ある本堂で30分間の別時念仏を勤めた後、蓮華寺執事長の眞泉善章上人から蓮華寺と一向上人の縁起をお聞きしました。宝物庫ならびに本堂周囲の石碑なども見学し、大切に護持されるべき本山の価値を感じることができました。

    特に一向上人が荼毘に付された跡に植えられた樹齢700年の巨大な杉「一向杉」の大きさには圧倒されました。高さ30メートルの巨木は一見の価値ありです。

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  • 近畿ブロック浄土宗青年会 研鑽別時念仏会 於 和歌山法然寺

    近畿ブロック浄土宗青年会 研鑽別時念仏会 於 和歌山法然寺

    2月7日、和歌山教区野上組法然寺にて近畿ブロック浄土宗青年会の研鑽活動として別時念仏会が行われました。40名を超える参加者があり、奈良浄青からは7名が参加しました。

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    法然寺は法然上人が二度にわたりお立ち寄りされた遺跡です。一度目は法然上人が55歳の時、熊野参拝の道中に足を運ばれ、直筆のお名号を石に刻まれました。さらに四国流罪からの帰路に再び法然寺に立ち寄られ、自作の御影像をお造りされました。またこの時には来迎図にお名号を遺されました。

    周囲を静かな山に囲まれながらも、真西にのみ海を臨むことのできる法然寺は別時念仏会に最適の場所でありました。ご住職のご好意で年に一度しか開帳されない自作の御影像のお厨子を特別に開いていただき、法然上人の温もりの残る中での別時念仏であったように感じました。

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    ご住職から直筆のお名号が年月と共に薄くなりつつあるとのお話がありました。物や人はいずれ変化し失われてゆく一方で、お念仏の功徳は決して失われることはありません。この素晴らしいお念仏を後世まで間違いなく伝えてゆくことが、私たち青年僧のつとめであると再認識いたしました。

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  • 花まつり千僧法要 於 東大寺

    花まつり千僧法要 於 東大寺

    4月26日、全日本仏教青年会主催の仏法興隆東大寺「花まつり千僧法要」に参加しました。奈良浄青からは6名が参加しました。

    午前10時から大仏殿の横のアショカピラー周辺の清掃作業を行い、午後からは大仏殿にて花まつり法要を勤めました。

    本年は全国浄土宗青年会の理事長の寺井上人と事務局の長尾上人が北海道から、そして近畿ブロック浄土宗青年会の理事長の清水上人が和歌山から、遠方より奈良東大寺までお越し下さいました。ご一緒に清掃作業と法要にご参加頂きました。

    観光旅行の方々や修学旅行の学生さん達に囲まれながら、普段上がることの出来ない大仏さまのすぐ下で、いろいろな宗派の僧侶の方といつもと違った法要。この花まつり千僧法要は、大仏さまをより近くに拝むことの出来る1日としていつも楽しみにしてます。

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  • 近ブロ浄青親睦交流会 於 粉河寺・根来寺

    近ブロ浄青親睦交流会 於 粉河寺・根来寺

    11月12日、和歌山浄青の主催により、近畿二府四県の浄青親睦交流会が行われました。高野山での研鑽会に引き続き、粉河寺を参拝しました。

    安土・桃山時代までは五百五十の坊を有する広大な伽藍でしたが、豊臣秀吉による侵略により、その多くが焼失したそうです。現在のお堂の多くは、江戸時代に徳川家の庇護のもと、再興したものです。

    御本尊は千手千眼観世音菩薩で、西国三十三番観音霊場の第三番札所でもあります。

    “ちちははの めぐみも深き 粉河寺 ほとけのちかひ たのもしの身や”

    境内には丈六の阿弥陀如来もおられ、宗派は違えども思わず頭の垂れる空気のお寺でした。

    引き続き、戦国期の傭兵鉄砲集団としても知られる根来寺に参りました。こちらも秀吉の紀州征伐で、広大な寺領の大半が焦土となりました。

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    奇跡的に現存するのがこちらの大塔です。大日如来を中央に、西手の阿弥陀如来が西日を浴びて印象的でした。また大変美しい本坊の庭園も見せていただきました。

    奈良浄青からは9名が参加しました。

    夜は和歌山市内のホテルへ移動し、他教区の浄青会員さんと法務について、また世間話をしながら親睦を深めました。

  • 近ブロ浄青研鑽会 於 高野山

    近ブロ浄青研鑽会 於 高野山

    9月28日、和歌山県高野山に於いて、近畿ブロック浄土宗青年会研鑽会が行われ、奈良教区から14名が参加しました。

    高野山には法然上人の御遺跡があり、近畿二府四県の浄青会員の皆さまと共に参拝させていただきました。奥之院には、大名家など歴史上の人物のお墓や各企業団体の供養塔、さらには災害物故者の慰霊碑などが多く建立されています。

    一番奥に弘法大師をお祀りする御廟があり、その拝堂としての燈籠堂には多くの寄進された燈籠が所せましと供えられていました。

    次に、熊谷直実公ゆかりの熊谷寺を参拝しました。

    境内には法然上人姿見の井戸があり、円光堂にはその時にあらわされた法然上人の尊像がお祀りされています。こちらでもお勤めさせていただきました。

    casino slots wp-image-636″ title=”20120928-3″ src=”http://narajosei.info/wp-content/uploads/2012/09/IMG_1387-225×300.jpg” alt=”” width=”225″ height=”300″ />最後に真言宗総本山の金剛峯寺にお参りしました。

    元来は高野山全体が金剛峯寺と称されており、現在の金剛峯寺も青巖寺という一寺院だったそうです。明治以降、座主の住寺であり、真言宗の中心であった青巖寺が興山寺と合併して「金剛峯寺」の名を引き継ぎ、真言宗の総本山となったそうです。

    内部も案内していただき、弘法大師が唐へ渡られてから高野山・金剛峯寺を開創されるまでの経緯を描いた襖絵など、多くの宝物のご説明をいただきました。

    高野山には入定された弘法大師がおられ、今も変わらず人々を救済しておられるのだ、ということをご教授いただきました。各法要も座主のお上人が弘法大師の身代となり行われるそうです。平成27年に開創1200年の節目を迎えるそうですが、入定された弘法大師のおられる高野山の今も変わらぬ清浄な空気に、お浄土の様子を思わせていただきました。