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  • 近ブロ浄青会員親睦交流会② 於 神戸

    近ブロ浄青会員親睦交流会② 於 神戸

    前半はこちら→http://narajosei.info/archives/2308

    3番目に参拝したのは天台宗の能福寺です。奈良の大仏(東大寺)・鎌倉の大仏(高徳院)と並んで日本三大仏として知られる兵庫大仏をお祀りするお寺です。街中に突如としてそのお姿が表れます。
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    廃仏毀釈運動の中、篤信の人々の努力により建立された一代目の大仏は戦時下の供出に遭い、今は二代目の兵庫大仏だそうです。いずれも厳しい向かい風の中に発願された大仏です。付近には平清盛公が築かれた大輪田泊跡があり、境内には清盛供養塔が建てられていました。

    最後に脇浜の阿弥陀寺にお参りしました。配流中の身であった法然上人の教化を受けた法入大徳が開山上人です。
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    今は埋め立てが進んで住宅地となっていますが、当時付近は浜辺のすぐ近くであったそうで、法然上人がこの地を去られる際に浜辺に松の枝を三本差されます。その後、赦免された法然上人が帰京される時には、その松は大樹となり同時にお念仏の信仰もこの地に深く根付いていたということです。現在は五代目となる松が境内に植えられており、法然上人のお念仏の教えとともに現代まで生き続けています。
    ご本尊は三尊一体(御尊顔は阿弥陀如来 御身体は観音勢至菩薩)という大変珍しい阿弥陀如来立像です。まらその響きで六甲山の人々までをお念仏信仰に導いた山越えの鐘が寺宝として護られています。
    平成七年の阪神淡路大震災には本堂が倒壊しましたが、法然上人像は無傷のまま再建された本堂に安置されています。復興の際に必要に応じて無料の託児所としてはじまった「みのり保育園」の子供たちに見守られながらしばしの間お念仏をお称えいたしました。

    バス参拝ののちはグランドパレス神戸の一間にて懇親会が行われ、ひと時楽しい時間を過ごしました。
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  • 近畿ブロック浄青研鑽会 於 蓮華寺

    近畿ブロック浄青研鑽会 於 蓮華寺

    9月4日、滋賀県米原市番場にある浄土宗本山・蓮華寺にて近畿ブロック浄青研鑽会が開催されました。近畿ブロック内の各教区浄青から約60名が集まり、奈良浄青からは8名が参加しました。

    蓮華寺の創建は古く聖徳太子によるもので、「東の法隆寺」と呼ばれていました。落雷による焼失後、浄土宗三祖・良忠上人の弟子である一向上人(法然上人のひ孫弟子)が再興して蓮華寺と改めました。江戸時代には時宗開祖・一遍上人の時宗に組み入れられますが、昭和17年に浄土宗に帰属し、浄土宗唯一の本山としてその法灯が受け継がれています。

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    そのような伝統ある本堂で30分間の別時念仏を勤めた後、蓮華寺執事長の眞泉善章上人から蓮華寺と一向上人の縁起をお聞きしました。宝物庫ならびに本堂周囲の石碑なども見学し、大切に護持されるべき本山の価値を感じることができました。

    特に一向上人が荼毘に付された跡に植えられた樹齢700年の巨大な杉「一向杉」の大きさには圧倒されました。高さ30メートルの巨木は一見の価値ありです。

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  • 近畿ブロック浄土宗青年会 研鑽別時念仏会 於 和歌山法然寺

    近畿ブロック浄土宗青年会 研鑽別時念仏会 於 和歌山法然寺

    2月7日、和歌山教区野上組法然寺にて近畿ブロック浄土宗青年会の研鑽活動として別時念仏会が行われました。40名を超える参加者があり、奈良浄青からは7名が参加しました。

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    法然寺は法然上人が二度にわたりお立ち寄りされた遺跡です。一度目は法然上人が55歳の時、熊野参拝の道中に足を運ばれ、直筆のお名号を石に刻まれました。さらに四国流罪からの帰路に再び法然寺に立ち寄られ、自作の御影像をお造りされました。またこの時には来迎図にお名号を遺されました。

    周囲を静かな山に囲まれながらも、真西にのみ海を臨むことのできる法然寺は別時念仏会に最適の場所でありました。ご住職のご好意で年に一度しか開帳されない自作の御影像のお厨子を特別に開いていただき、法然上人の温もりの残る中での別時念仏であったように感じました。

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    ご住職から直筆のお名号が年月と共に薄くなりつつあるとのお話がありました。物や人はいずれ変化し失われてゆく一方で、お念仏の功徳は決して失われることはありません。この素晴らしいお念仏を後世まで間違いなく伝えてゆくことが、私たち青年僧のつとめであると再認識いたしました。

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