タグ: 嘉禄の法難

  • 嘉禄の法難念仏行脚

    嘉禄の法難念仏行脚

    1月24日(土)本年も「嘉禄の法難念仏行脚」が実施され、奈良浄青からは会員6名が参加いたしました。

    この法然上人追慕の念仏行脚は、西山浄土宗三派を中心に時宗・浄土宗合同で行われます。
    法然上人ご往生の後も念仏弾圧は弱まりませんでした。嘉禄の法難では上人のご遺骸が鴨川に流される事態にまで及ぶところでした。このことを危惧したお弟子さま方が、ご遺骸を運び出し、他の場所に移しながら守りました。そして荼毘にふすために、粟生の光明寺にお移しになりました。この行脚は、当時のとこを忘れず、そのご苦労を偲んで長年行われてきました。

    行列は、夕方5時半に太秦の西光寺さまを出発。渡月橋を渡って嵐山を抜け、桂川沿いに南下、井戸の来迎寺さま、寺戸の来迎寺さまを経由して粟生の光明寺さまへと進みました。時折、つよい寒風をうけながら、5時間近くの念仏行脚となりました。途中、休憩させていただいたお寺さまでは、檀信徒の方々から温かい差し入れを頂戴しました。なんともいえない有り難さでありました。

    今後もお念仏を相続し、弘通していく気持ちが一層強くなりました。
    南無阿弥陀仏

  • 嘉禄の法難念仏行脚 

    嘉禄の法難念仏行脚 

    1月24日(金)京都にて嘉禄の法難念仏行脚が行われ、奈良浄青会員9名が参加いたしました。

    この事業は西山浄土宗三派を中心に時宗・浄土宗も合同で行う、法然上人追慕の念仏行脚です。法然上人ご往生の後も念仏弾圧は弱まることはなく、亡骸に辱しめを受けることを危惧したお弟子さまが、荼毘にふすために夜陰に紛れてそのご遺体を粟生の光明寺にお移しになりました。そのご苦労を偲んで長年行われてきました。近年は新型感染症や天候不良が重なり、5年ぶりの開催となりました。

    太秦の西光寺を出発した200名ほどの念仏行脚の列は、渡月橋を渡って嵐山を抜け、桂川沿いに南下し、松尾大社、井戸の来迎寺、寺戸の来迎寺を経由して粟生の光明寺へと進みました。夕方5時半から5時間近くをかけて15~6キロの道を念仏行脚しました。

    寒風吹き寒い中でしたが、沿道には行脚の列が見えなくなるまで合掌で見守ってくださる老若男女の姿もあり、大変勇気づけられました。

  • 嘉禄の法難念仏行脚

    嘉禄の法難念仏行脚

    1月24日、法然上人御祥当忌日(1月25日)を前に、嘉禄の法難念仏行脚が行われました。
    太秦の西光寺さまから粟生の光明寺さまへ、お念仏を申しながら約15キロの道のりを歩きました。

    嘉禄の法難とは、法然上人没後15年を経た嘉禄3年(1227)に起こった専修念仏弾圧の動きのことです。
    比叡山の僧たちが法然上人の遺骸を掘り起こして鴨川に流そうとしたところ、上人の弟子たちは遺骸を運び出して他の場所に移しながら守りました。
    当時の事を忘れてはならないとして、また上人のご遺徳をしのび、念仏行脚を実施しています。

    奈良浄青からは8名が参加し、当日は浄土宗僧侶のみならず、時宗や西山浄土宗などの僧侶・檀信徒も参加し、約160名が念仏行脚に励みました。
    道中は井戸の来迎寺さま、寺戸の来迎寺さまにてお勤めを行い、休憩させていただきました。
    その際には檀信徒の皆様よりおにぎりやぜんざいなど沢山の差し入れを頂きました。ありがとうございました。

    当時のお弟子さま方の足跡を辿りながら、現在までお念仏の教えが受け継がれている歴史の重みを感じ、今後もお念仏を相続していく決意を新たにした一日となりました。

  • 嘉禄の法難念仏行脚

    嘉禄の法難念仏行脚

    1月24日、法然上人御祥当忌日(1月25日)を前に京都で嘉禄の法難念仏行脚が行われました。
    嘉禄の法難とは、上人没後15年後の嘉禄3年(1227)におこった専修念仏弾圧の一連の動きの事を言います。
    比叡山の僧たちが専修念仏をひろめた上人の遺骸を掘り起こして鴨川に流そうとしたのを、上人の弟子たちが遺骸を他の場所に移しながら守りました。当時の事を忘れてはならないとして、また上人のご遺徳をしのび、念仏行脚という形で再現しています。奈良浄青からは9名が参加しました。

    非常に寒い日になり、例年よりは参加者が減ったようでしたが、浄土宗・時宗、西山浄土宗などの僧侶・檀信徒など100名以上が集まりました。
    粟生の光明寺へ集合し、バスで太秦の西光寺へ移動してからの出発です。

    ▼集合場所 粟生光明寺
    平成30年 嘉禄の法難

    平成30年 嘉禄の法難 (2)

    ▼出発 太秦西光寺
    平成30年 嘉禄の法難 (3)

    出発の5時ごろにはだんだん薄暗くなり、風で網代笠が飛ばされそうになる中で、歩き始めました。

    平成30年 嘉禄の法難 (4)

    ▼井戸来迎寺
    平成30年 嘉禄の法難 (5)

    平成30年 嘉禄の法難 (6)

    ▼寺戸来迎寺
    平成30年 嘉禄の法難 (7)

    平成30年 嘉禄の法難 (8)

    途中、井戸の来迎寺、寺戸の来迎寺でお勤め、休憩をとらせていただきました。温かいお茶やおにぎりなど大変ありがたく頂戴しました。
    参加の檀信徒の中にはお袈裟を掛けて、数珠を持ち、僧侶に合わせてお念仏を称えておられる方や、沿道には私たちが通り過ぎるまで合掌して下さる方もおられました。上人の弟子たちが暗闇に紛れながら、遺骸を運んだ当時の様子に思いを寄せる事ができたのではないかと思います。

  • 嘉禄の法難念仏行脚

    嘉禄の法難念仏行脚

    1月24日、法然上人祥当御忌日を前に嘉禄の法難念仏行脚が行われました。この法要は法然上人追慕の思いをあらたに毎年、西山浄土宗・時宗・浄土宗の合同で行われます。奈良浄青からは8名の会員が参加しました。

    終着地点は西山浄土宗の総本山である粟生光明寺です。法然上人のご遺体が荼毘に付されたご遺跡です。参加者は光明寺に集合します。

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    集合場所 粟生光明寺

    ご用意いただいたバスに乗って出発地点へ移動します。法然上人が一時改葬されていた太秦西光寺から行脚が始まります。弾圧からお護りするためお弟子方が祖師と共に歩まれた道を踏みしめます。

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    出発地点 太秦西光寺

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    参加者

    出発時には少し明るかった空もあっという間に暗闇に包まれました。嵐山渡月橋を通り南へと行脚を続けます。降雪が心配されましたが、仏天のご加護か強く降ることはありませんでした。

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    井戸来迎寺

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    寺戸来迎寺

    道中、井戸来迎寺さま・寺戸来迎寺さまで法要・休憩をいたしました。休憩地点では暖かいおにぎりやぜんざいの接待を受け、心身ともに励まされました。沿道には寒い中、合掌にてお見守りくださるお方の姿も多く、法然上人のご遺徳が800年以上たった今も生き続けていることを実感いたしました。200名を超える参加者と共に、御逮夜をお念仏の中に過ごさせていただけたことに感謝の思いでいっぱいです。来年はさらに多くのご参加があることを念願しております。

  • 嘉禄の法難念仏行脚

    嘉禄の法難念仏行脚

    1月24日、毎年恒例の嘉禄の法難念仏行脚が京都にて行われました。

    嘉禄の法難とは、法然上人ご往生の後に念仏教団に対する弾圧が強まり、上人のご遺体が辱めを受けるのではないかという危惧が生まれます。その中、お弟子方が闇夜に紛れて上人のご遺体を粟生の光明寺までお運びをし、荼毘に付した出来事をいいます。

    西山浄土宗三派・時宗・浄土宗の青年僧に在家檀信徒も加わり百数十名がお念仏の元祖である法然上人追慕の念仏行脚を行いました。奈良浄青からは8名の会員が参加しました。

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    太秦の西光寺が出発地となります。
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    嵐山・桂川の畔にて。渡月橋を渡ります。
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    途中の井出来迎寺と寺戸来迎寺にて勤行。ふるまいを受けました。
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    数十年に一度の大寒波の中、16kmに渡る行程でありましたが、澄みわたる夜空には美しい満月が夜道を照らし、無事に勤めさせていただきました。法然上人の御忌日に先がけて報恩謝徳の思いを新たにいたしました。

  • 嘉禄の法難念佛行脚

    嘉禄の法難念佛行脚

     平成27年に入って最初の更新となりました。奈良浄青は本年も気持ちあらたに精進してまいります。変わらぬご協力のほどよろしくお願いいたします。

     1月24日、毎年恒例の嘉禄の法難念佛行脚が京都を舞台に行われました。この行事はお念佛の元祖である法然上人を追慕し、その祥当御忌日(法然上人が御往生された日)を翌日控えた1月24日に、西山浄土宗三派・時宗・浄土宗が合同で行います。法然上人没後に起きた嘉禄の法難の際、法然上人の御遺体を守るために闇夜に紛れて運ばれたことにちなんで、太秦の西光寺から粟生の光明寺までのおよそ16㎞を念佛行脚します。
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     厳しい法難を受けられた法然上人の御苦労を思いを馳せるとともに、今日にお念佛が伝わる悦びをかみしめる夜となりました。僧俗含めて230名以上が参加し、奈良浄青からも7名が参加いたしました。

  • 法然上人追慕 嘉禄の法難念仏行脚

    法然上人追慕 嘉禄の法難念仏行脚

    1月24日の夜、浄土宗西山派・時宗・浄土宗の合同で「法然上人追慕 嘉禄の法難念仏行脚」が開催され、奈良浄青からは9名が参加しました。

    「嘉禄(かろく)の法難」とは浄土宗が朝廷や他宗から弾圧された三代法難の一つです。法然上人滅後の嘉禄3年(1227年)、かねてから専修念仏のみ教えに反感を持つ者たちが法然上人の墳墓を暴こうと画策したため、弟子たちがご遺体を東山から太秦や嵯峨へ移し、粟生の光明寺で荼毘に付したという事件のことです。

    ご遺体のたどった道程を念仏を称えながら行脚し法然上人を追慕するというのが「法然上人追慕 嘉禄の法難念仏行脚」であり、法然上人のご命日前日の1月24日に毎年行われます。今年も近畿一円を中心に、200名以上の僧侶ならびに一般の方が夜の京都を歩きました。総距離は16kmにも及び大変疲れましたが、非常に有意義な行脚となりました。

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    法然上人火葬跡の石碑
    法然上人火葬跡の石碑