5月26日(火)東大寺さまにて、花まつり千僧法要がつとめられ、浄土宗奈良教区青年会から8名が参加しました。
全国日本仏教青年会主催のこの法要は、昭和63年より仏法興隆と世界平和への祈りを目的に毎年行われています。
季節外れの真夏日でしたが、今期のテーマ「一針一草 一精神(いっしんいっそう いちせいしん)」のもと、青年僧の一人ひとりの志があつまり、清々しく大きな祈りの力を感じました。
分断・争い・不寛容が溢れる今の世で、宗派を超えた「和合(わごう)」の姿が体現された行事となりました。

5月26日(火)東大寺さまにて、花まつり千僧法要がつとめられ、浄土宗奈良教区青年会から8名が参加しました。
全国日本仏教青年会主催のこの法要は、昭和63年より仏法興隆と世界平和への祈りを目的に毎年行われています。
季節外れの真夏日でしたが、今期のテーマ「一針一草 一精神(いっしんいっそう いちせいしん)」のもと、青年僧の一人ひとりの志があつまり、清々しく大きな祈りの力を感じました。
分断・争い・不寛容が溢れる今の世で、宗派を超えた「和合(わごう)」の姿が体現された行事となりました。

3月10日(火)15時半より翌11日(水)15時まで、総本山知恩院様にて全国浄土宗青年会主催の六時礼讃法要「求往会(ぐおうえ)」が執り行われました。遠近各地より各教区の青年僧が集まり、延べ253名となり、奈良教区浄土宗青年会からは9名が参加しました。
開白・結願の法要を除く六座の法要では、担当地区による特色ある勤行がつとめられました。
日没法要は九州地区、初夜法要は北陸・中四国地区、中夜法要は近畿地区、後夜法要は関東地区、晨朝法要は北海道・東海地区、日中法要は東北地区がそれぞれに担当しつつ、担当以外の法要にも多くの会員が参加し、休憩も挟みつつ、盛大なお勤めが続きました。
近畿地区が担当した中夜法要は0時から始まり、東日本大震災正当の日に日付が変わっての勤めとなりました。
約1時間半の勤行の中では、奈良浄青前会長松谷悦成上人を導師とし、近畿地区の特色として回向師廣井大乗上人による「大和節回向」が勤められました。大和節の回向に馴染みのない他地域の会員さま方も、共にお念仏一唱一礼するうち、次第に心が揃っていくように感じられました。
法要を重ね、各地区の法要に圧倒される中で、疲労感以上に、こうして共に志をもって法要ができる同信同行の存在がいかに大きいかを感じました。このような事業を成し遂げられた第二十八期全国浄土宗青年会の理事長杉山裕俊上人をはじめ執行部の皆さまに、改めて敬意と感謝を申し上げます。
南無阿弥陀仏

1月29日(月)香川県高松市の法然寺さまにて全国浄土宗青年会「別時念佛会」が行われ、奈良浄青からは会員7名が参加しました。法然上人がご配流の折、その地にあった生福寺に滞在し念仏教化をされました。後に松平頼重公(徳川家康の孫)が荒廃していた生福寺を再興し、場所を移して仏生山法然寺となりました。広い境内地と立派な伽藍を有し、二十五霊場の第二番に数えられまています。
はじめに境内を参拝させていただきました。山門は二段構えになっており、県道に面した総門と伽藍の入り口である黒門との間の数十メートルの参道が二河白道をあらわします。かつては両側が火の川水の川を模した池であったそうです。沿って建つ十王堂には奪衣婆や閻魔大王がまつられていました。黒門より先は極楽浄土であるため、藩主も駕籠から降りて門をくぐったとのことです。
境内に入ると、真新しい塔が目につきます。八百年大遠忌に完成した五重塔です。奥の小高い山が御廟所。急な石段をしばらく上ると中腹に来迎堂があり、二十五菩薩の御像が極楽浄土へ誘います。さらに登り山頂に至ると般若台(高松松平家の墓所)があらわれます。普段は立入りが禁じられていますが、今回は特別に開扉いただきました。立派な門と塀で囲まれた敷地内には法然上人の御陵を中心に、歴代藩主の墳墓が200基ほど並びます。有事には砦としての機能するような造りで高松市が一望できる絶景でした。
参拝の後は本堂でご住職より法然寺さまの歴史についてご講話を頂戴しました。水戸徳川家と高松徳川家は密接な関係にあり、養子を交換しながら幕末まで系譜を守ったことなど、大変興味深く拝聴しました。お話の後、涅槃堂にて別時念佛をさせていただきました。釈迦・弥陀・弥勒の三世三仏と、讃岐の寝釈迦として知られる涅槃像を前に、満堂の青年僧と共にお称えするお念仏は素晴らしいひと時でした。名残惜しく讃岐の地を後にしましたが、杉山理事長のご挨拶にも、この充足感・充実感の前にはどんな言葉も蛇足にしかならない―とありました通り、この御縁を頂けたことに深く感謝します。