青年僧のお話

「諸行無常」

 ついこの間、ゴールデンウィークが終わった、お盆が終わったと思っているともう新年です。2018年がスタートしました。

 一年が経つのは早いもので、子供が産まれて自身が年齢を重ねると余計に、一年が経つスピードが加速したかのようにあっという間に感じます。
 毎年毎年、一年間のなかでいろいろな事が起きていますが、お子様がいらっしゃるお宅では幼稚園あるいは学校の行事もあり、子供の成長を感じながらもあれよこれよと気が付けば一年が経っているかと思います。自分自身の事では年々体力の低下を感じる日々で、他にはいろいろな出会いがあり、いろいろな別れもあります。
 特に大切な人、親しい人との別れというのは、この時が来る事は世の道理と、誰もがわかっている事ですが、それでもいざその立場になるとやはりつらく、悲しい、やりきれない出来事です。
 私も今までたくさんの別れがありました。それはやはりつらく、悲しく、やりきれない事でした。でも、つらく悲しいのは自分と親しい人達、ほんの少しのまわりの人達だけで、世の中は当たり前のように、朝になれば日が昇り、沈んでゆきます。世間では人は会社へ、学校へ行き何も変わらず日常を送っています。自分はこんなにつらくて悲しいのに何でみんな平気なのだろう…と思ってしまっていたものです。
 いくらつらく悲しくても、世の中は動いていきます。時間は待ってくれませんし、願っても戻ってきません。

 諸行とは、この世の一切の事物、現象の事。無常とは、この世にある一切のものは常に移り変わり、不変なものはないという事。
 この世が無常であるからこそ、人はつらくても悲しくても前へ進んで生きていける。この世が無常であるからこそ、気持ちを整えられ、自分自身も日常生活へ戻れるのではないかと思います。

 つらく、悲しい、さみしい別れは一時の別れ

 法然上人は、自らが浄土に生まれた後はこの世でお念仏を励んだ仲間と極楽浄土で会える約束をしてくださっています。阿弥陀仏は我が名を呼べば必ず極楽浄土へ導くぞとお誓いになられ、言い方を変えれば阿弥陀仏がしてくださった約束です。世の中のあらゆる物事は変化し、一定ではないというのが諸行無常の理です。
 いつ、どこで、何があるかわからないこの世です。一瞬一瞬変わりゆくのですから、一日一日を大切に、お檀家さんと共にお念仏の教えを学び、充実した日々を送っていきたいものです。

合 掌

(第十組 御所市 眞龍寺 清田健治)