青年僧のお話~2014~


▼ 第六組 明日香村 西念寺 鷲尾隆彰 ▼

 十二月初め、奈良浄青の行事で三千礼拝行仏名会に参加させて頂きました。何故礼拝を三千回という回数かというと、過去・現在・未来に出現する仏さまが三千おられ、その仏さまに礼拝するので三千回という回数になっております。三千礼拝行とは本尊さまに向かって、己の過ちを告白して懺悔(さんげ)して心の垢を洗い清める行です。私は三千礼拝行仏名会には初めて参加させて頂き、恥ずかしながら所用で参加出来ない時間があり、二千七百という中途半端な数になってしまいました。足りない分は日を改めて自分のお寺で三百の礼拝をさせて頂きました。

 三千回の礼拝をするとなると当然時間がかかってきます。初めは今まで犯してきた過ちを思い返し「南無阿弥陀仏」と礼拝をしているのですが、だんだん時間や回数が経つにつれ様々な雑念が心の中に生まれてきます。しかし、一枚起請文で法然上人が仰った「ただ一向に念仏すべし」という言葉を胸に礼拝をさせて頂きました。

 誰しも寝る前などにはお風呂に入り一日の垢を落として寝られると思います。眠る前に一日の心の垢を落とすつもりで一日の過ちを懺悔して「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えていきましょう。

(第六組 明日香村 西念寺 鷲尾隆彰)


▼ 第四組 桜井市 遣迎寺 阪本大樹 ▼

 紅葉の鮮やかさが目立つ季節になってまいりました。早いもので今年もあと1ヶ月くらいです。

 本当に月日というのは過ぎ去るのが早いもので、私の祖父がお浄土へ遷化されたのも去年の今頃です。この1年、祖父に代わり周りの皆さんのお力添えもあって、お寺を守ってまいりました。右も左も分からないままでございますが、お檀家さんとの仏縁をいただき布教活動をしてきました。その中でやはり祖父の偉大さを思い知りました。年間法要・年忌法要・月参りと全てにおいて、祖父の事を聞くと、「とても丁寧にお念仏のことを優しく教えていただいた。」と言うお声をよく聞きました。

 私にとっても幼少の頃から優しい祖父であり、お寺の行事に私と出てはいろいろと教えてくださいました。そして今では私がその教えをお檀家さんへ布教しております。しかし祖父のように上手くはいきません。どのようにしたらよいのか祖父に聞きたいですが、聞くことも出来ません。手探り状態ですが、教えてもらったことを思い出し、ゆっくりと布教活動をしてゆければと思います。

 また、私事でございますが、来年の2月に私の子供が産まれる予定です。去年、祖父が遷化し、来年には私が父親となります。子供を授かったら親として、僧侶としての私の背中を見て学んで欲しいと願うばかりです。私が祖父を見て学んでのと同じように。そしてゆくゆくはお念仏を称え、布教する僧侶となってもらったなと思うものです。

 このように周りの環境が目まぐるしく変わり、今年1年は本当に早いものでした。もう1ヶ月しかないと思うのか、まだ1ヶ月もあると思うのかはその人次第です。私にはまだ1ヶ月もある。まだまだ今年中にお念仏を1つでも多く称え、少しでもお念仏の輪を広げていきたいと思います。

(第四組 桜井市 遣迎寺 阪本大樹)


▼ 第五組 橿原市 國分寺 和田孝友 ▼

 日に日に寒くなり、過ごしやすい秋から冬へと移りゆくのを肌で感じることのできる季節となってまいりました。近頃、テレビなどのニュースを見ておりますと、まさかというような出来事がたくさん起きているように思います。御嶽山の噴火など老若男女を問わずたくさんの方々がお亡くなりになったという事を耳にしますと人の生死というものは、老少不定であるということを改めて痛感させられます。

 今年の7月に自坊の先代住職が病気のため御遷化されました。高齢化社会である現代ではまだまだ若い67歳というお歳でありました。3年間の闘病生活を送られていたのですが、治療の甲斐なくお亡くなりになったのであります。私はその3年間ずっと近くで先代の姿を見て参りました。先代のお姿を見ておりますと、人生における免れることのできない苦しみである「生老病死」―「四苦」という教えはこういうことであると感じたのであります。人の生死は自分の思うようにならないのであります。

 先日、自坊の念仏会でお檀家様とお話をさせていただいておりましたところ、五十代の女性のお檀家様が「今まで、80歳まで生きられると思い生活をして来ました。しかし、先代の死やニュースでのいろいろな出来事を見ていると、そのように思って生活してきた自分自身の愚かさに気付かされました。私自身もいつどのようにして死を迎えるか分からないと思うと今まで以上にお念仏を申していかなければならないと思いました。」と、おっしゃいました。私はその言葉を聞かせていただきながら、先代の死から学ばせていただいたことを広く伝えていかなければならないと強く感じたのであります。

お釈迦様のお残し下さった「人生は苦なり」というお言葉がございますが、悩み苦しみの中に生活をさせていただいている私たちであります。そんな私たちをちゃんと救ってくださるという阿弥陀如来様のお誓いを深く信じ、お念仏の中に生活をさせていただきたいと思います。

(第五組 橿原市 國分寺 和田孝友)


▼ 第三組 川西町 極楽寺 白馬龍毅 ▼

 私は小学生からボーイスカウトを続けてきております。ボーイスカウト活動に参加しキャンプを中心に、ハイキングや野外炊飯、奉仕活動など様々な活動に参加し経験させていただき、色々なことを学び、様々な方と知り合うことができています。

 ボーイスカウト運動とは以下の特徴があげられます。

1.青少年の自発活動であること。
2.「ちかい・おきて」に基づき実践。
①誠実、勇気、自信、国際愛と人道主義を把握する
②健康を築く
③人生に役立つ技能を体得する
④社会に奉仕できることの人格・健康・技能・奉仕
3.年齢に応じた部門(ビーバー隊、カブ隊、ボーイ隊、ベンチャー隊、ローバー隊)があり幼児期から青年期にわたる各年齢層でのプログラムが一貫していること。

 ボーイスカウト教育が他の青少年団体と異なるところは、班制教育、進歩制度があることです。またボーイスカウト活動の中に宗教の信仰を取り入れ、信仰をもつことで自分が活動できるありがたさ、自然の恵みのありがたさを感じることの大切さを学んでいます。

 ボーイスカウトの活動は普段は地域に密着しその中で活動を行っていますが、4年に一度「ジャンボリー」という日本及び世界のスカウトが一同に集う大きな大会が行われます。私は、第11回日本ジャンボリーから毎回参加させていただいております。中学3年生の時にはオランダで行われた第18回世界ジャンボリーも経験させていただくことができました。また、来年、平成27年には第23回世界ジャンボリーが日本山口県きらら浜で開催されることか決まっておりその大会にも参加させていただく予定です。日本及び世界のスカウトと一緒にキャンプをしながらいろいろな体験を共有し平和・地球環境などを考え、仲間づくりを高めていけることは、本当に自分自身の良い経験となっています。

 私は、ボーイスカウト経験を通じ、自分自身の僧侶としての活動に活きていると感じています。今後も活動を通じ信仰につなげていけるよう、経験活かし布教活動に役立てていけるよう取り組んでいきたいと考えています。

(第三組 川西町 極楽寺 白馬龍毅)


▼ 第二組 大和郡山市 善福寺 平野順彰 ▼

『別時念仏会』

 皆様、連日連夜暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか。

 当山も一年間を通して大小ありますが毎月お寺での年中行事をしております。ただ六月だけは梅雨時期という事もあり、とくにこの時期は行事はありませんでした。しかしある檀信徒さんより、「毎月お寺での行事があるのになぜ六月だけないのですか?」と尋ねられ、それが発端で数年前から六月に別時念仏会をすることになりました。朝、昼、夜と一日に三回のお勤めで礼讃や詠唱、そしてお念仏を中心とした法要です。

 法要が始まり念仏一会に入り、数にするとたかが数千遍のお念仏です。檀信徒さんは木魚を叩き大きな声でお念仏を申しておられました。私も本堂いっぱいに広がる大きな声でお念仏を称え、一生懸命木魚を叩いておりました。しかしその一方、念仏会も後半に入り心の中では【お念仏…長いなぁ】とそのように思いながらお念仏を称えていたのも事実です。そして、ふと振り向くと、檀信徒さんは真剣な顔の表情で、【どうか阿弥陀様、極楽浄土にお救いください!】というような思いのお姿で皆さんはお念仏を申しておられました。

 私はご縁をいただき浄土宗の僧侶になりました。本来ならば皆さんの先頭に立ちお念仏の教えを広め、教化する立場の私ですが、檀信徒さんより気づかせていただいたのです。お念仏に対する心構えが出来ていないことを自覚し反省しなければなりませんでした。

 しかし阿弥陀様の「わたしの名を呼ぶ者は、必ず極楽浄土に迎えとる。」というご本願のお約束を信じ、お念仏を称えれば、そんな私のような者であっても阿弥陀様がお救いくださるとは本当にありがたい事です。阿弥陀様のお慈悲にすがるのみです。法然上人は「われはこれ、愚痴の法然房、十悪の法然房」とおっしゃっています。「人はこの私を『法然さまほど偉い人はない』と言ってくれるけど、心の中では恐ろしい情けない罪をつくっておるんだ、だからお念仏を申す以外には救われない」と言っておられます。やはり我々の救われる道、幸せになる道はお念仏しかないのです。また、法然上人がお説きになったお書物の中で『ときどき別時の念仏を行って心と身体を励まし、ととのえ、(お念仏の生活を)進めていきなさい。』とおっしゃってますので、お念仏のご縁を大切にして背筋を伸ばしてしっかりとお念仏に精進してまいりたいと思います。

(第二組 大和郡山市 善福寺 平野順彰)


▼ 第一組 奈良市 安楽寺 森山幸信 ▼

 先日、私のお寺で地蔵盆がありました。多くの地域は8月24日だそうです。私のお寺では7月13日であります。なぜその日にちで始まったのかはわかりませんが、おそらく皆さんの都合の良い日を持ち寄ってその日になったのでありましょう。地蔵菩薩のまわりを掃除し、地蔵菩薩の前でお念仏をあげ、その前で数珠くりをします。

 数珠くりとは、地域によっては大きさが違いますが、私のお寺では2mから3mぐらいの数珠をみんなで持ち、ひたすらに南無阿弥陀仏とお唱えし、数珠をまわしていきます。葬儀のあとに数珠くりをするところもあるようです。地域によっていろいろと意味合いが違うらしく、魔除け、疫病除け、先祖供養、五穀豊穣、無病息災など何を願って、何を思っているかはさまざまです。

 他の地域ではどうかわかりませんが、私のお寺では数珠くりが終わった後、数珠をねじって8の字にし、その8の字になった数珠を両手にかけ、参加してくださった皆さんの背中に数珠を押し当て背中全体をさすります。そして最後に頭の上に数珠をおき、健康でありますよう、長生きできるようにと願います。

 一見楽そうに思える数珠くりも、外で梅雨の蒸し暑い中、エアコンも扇風機もなしで、という状況では時間にして20分ほどでしょうか。なかなか、ただ一向に念仏すべし、とはいかないものです。額には汗をかき、体は汗でベタつきます。そういう状況だからなのでしょうか。私は子供の頃から何度もこの背中をさすられる経験をしていますがすごく気持ちが良いのです。毎年いつもは私の母が数珠をもってさするのですが、今年は私でした。そして、見よう見まねしていると、おばあちゃんが、すごく気持ちいいわ、ありがとう、と言われました。その時私はなんともいえない気持ちになりました。

 地蔵盆に限らずこういう行事ごとは地域の人たち皆さんが一同に顔を合わせる大切な機会であります。私のお寺では少ない行事ごとの一つではありますが、こういう行事を大切にしていき、日々お念仏を唱えていきたいと思います。     合掌

(第一組 奈良市 安楽寺 森山幸信)


▼ 第六組 高取町 如来寺 的場裕信 ▼

 「書道」。「習字」と言ったほうが聞き慣れているかもしれませんが、子供のころに習っていたという方が多いのではないでしょうか?今から7、8年前、高校生の時に書道部に入部したことがきっかけで、私は「書」を学びはじめ、今日まで続けてきました。その書道部でお出会いした顧問の先生、今となっては私の偉大な「書」の師匠です。これまで「書」を続けてこられたのは、師匠のお人柄とお書きになる字の雰囲気に魅せられたからです。

 月に2回ほど師匠にご指導をいただくお稽古の日があります。まだ、「書」をはじめて間もない大学生のころ、いつものようにお稽古場で練習する準備をしていた時、師匠がおっしゃった言葉が今でも心に残っています。

字を書く練習は家でもできるやろ?お稽古の時は書かなくても良いから、先生が書くところを見ていなさい。書くときの呼吸、スピード、筆づかいはどのようなものか。その様子を見るのが大事なんだよ。家では先生が書くところを見られないでしょ?

 「あー、なるほど!」と感じました。お稽古の日というと、どうしても自分が練習することばかりに気を取られてしまいがちでしたが、先輩や先生が書かれているところを見て学ぶ、その雰囲気を味わうことも、自分の字が上達する大きな契機となることを教えていただきました。その日以来、練習は家で行い、お稽古では師匠の書かれている姿を見ることを心がけるようになりました。

 振り返って考えてみると、私にとってのお念仏もそうだったように思います。お寺に生まれた身、幼いころから師僧がお念仏する姿を見て育ってきました。目で師僧が勤行する姿を見、耳で師僧が称えるお念仏の声を聞いていました。知らず知らずのうちに師僧の真似をしていたのだと思います。そして今、私自身も僧侶となって、はや3年が経とうとしています。師僧の姿を幼いころより見てきたからこそ僧侶になろうという志が固まり、その仏縁に感謝しております。僧侶として法務にあたる中で、私がお念仏する姿を多くのお檀家さんが見てくださっています。お念仏を弘めるためには、言葉で仏の教えを説くことはもちろんですが、僧侶が先頭になってお念仏する姿を見てもらうことも大事なことだと思います。合掌。

(第六組 高取町 如来寺 的場裕信)


▼ 第二組 生駒市 生玉寺 佛姓泰淳 ▼

 「おー、これぞ男の肉体!」カーテンを開けて会場に入ると、すぐに飛び込んできた男の裸体。四メートル四方に拡大された三島由紀夫の上半身。学生時代の友人に会うため、久しぶりに大阪に出た。約束の時間に少し遅れると連絡があったため、時間つぶしに梅田界隈をぶらついていたら、篠山紀信の写真展の案内があった。一千百円の入場料は遅れてくる友人に払ってもらおうと、会場に入った。

 「篠山紀信展・写真力」と題した会場には、平日だというのに幅広い年齢層の人が結構入っていた。「GOD」(鬼籍に入られた人々)や「BODY」(裸の肉体、美とエロスと闘い)など篠山氏が五十年に渡ってさまざまな手法・テーマで撮影した作品を選び、五つのセクッションで構成されている。「STAR」のコーナーでは、往年のスーパースター長嶋茂雄の珍しく不振で苦しみ考え込む姿や、水辺に寝そべる山口百恵の水着姿など、一時代を築いたスターの素顔があった。

 その中で私の心に深く浸み込んだのは「きんさん・ぎんさん」の写真であった。百歳を超えた長寿の双子の姉妹として、当時は何かと話題になった、あの「きんさん・ぎんさん」である。何事にも動じず、飄々と受け答えする二人に、「いつまでもお元気で。」と多くの人は親しみを持っていた。メディアによく出るようになって、大金が入った際、「お金は何に使いますか?」という問いに対して、二人は「老後の蓄えにします。」と答えている。これは、かつての世界一長寿になった翁に「どんな女性がお好きですか?」との問いに「年上の女性。」と答えた泉重千代翁のユーモアに勝るとも劣らないセンスである。
 「きんさん・ぎんさん」の写真は畳二畳ほどに拡大されていたが、今までにも見ているので、取り立てて目新しいものではなかった。構図は、お家の座敷で着物姿の二人が仲良く並んで、にっこりと笑っている姿であった。決してインパクトのある写真ではないが、写真を眺めている自分がなぜか頷いているのである。メディアに出るようになってからの彼女たちしか知らないが、明治・大正・昭和・平成と激動の時代を生きた女性である。多くの女性がそうであったように、きっと苦しく辛い人生でもあっただろうと思う。にも拘らず、あれ程元気で、鷹揚で、何とかなるさと構える姿に、人々は魅かれ「理想の老後像」などと呼ばれていた。

 そんな想いで二人を見ていると、私は「少欲知足」という言葉を思い出した。あまり、いろいろな物を欲しがらず、現在の状態で満足すること。 欲望を全て、消してしまうのではなく、欲張らないで、与えられた現実を素直に受け入れることである。眼・耳・鼻・舌・身の五感から生まれる欲しいものを、出来るだけ少なく持ち、今の暮らしに不平を言う前に、お蔭様の心で感謝しましょうという教えである。「少欲」に対して「大欲」という言葉もある。概ね欲が大きい、深いということでいいように使われないが、此の間何気なく見ていたテレビで、高野山の管長上人が、個人の欲が大きいのは良くないが、皆のための欲は大きいのが良いというようなことを言っておられた。「小欲を捨て、大欲に立つ」である。
 私だけが幸せになるようにではなく、他人が皆幸せになるなるように―例えば世界が平和になることを望みとするような場合である。これは正に阿弥陀如来の四十八願、「私の名前を呼ぶものはすべて救い摂る。それが叶わない限り私は仏にならない。」ではないか。

 人は数ある人生訓の教えは理解しても、その教えを実行するのはなかなか出来ることではない。自分の都合の良いように理屈や言い訳をしてしまう。生きるためであるとか、みんながやっているとか、終いには煩悩を持つ凡夫だからだと落とし前をつけてしまう。確かに私たちは煩悩を持っている。それは次から次と湧いてくるように出てくる。でも一方で、欲望が満たされても一時的であり、満たされた後に新たな欲望が頭を擡げてきて、欲望に限りがないことや、欲望が満たされないことによって苦悩が生じることを体験的に知っている。

 「きんさん・ぎんさん」の写真を見て私が頷いたのは、長寿もさることながら、彼女らが「いろいろあったけれど、皆さん今日までお世話になりありがとう」と語っているように感じたからである。そこには不平や不満をこぼすのでなく、あらゆるものに素直に感謝する、素顔の「きんさん・ぎんさん」がいたからである。

 展覧会のテーマ「写真力」について、篠山氏は「写真の力が漲った写真ね。写された方も、撮った者も、それを見る人々も、唖然とするような尊い写真。」と言っている。待ち時間にしては充実した時を過ごせたことに感謝して、会場出入り口に向かうと、入場時見たボディービルで鍛えた肉体を誇示する三島由紀夫の姿もある種、虚構にも感じられた。彼がなぜに肉体を鍛えに鍛えたのか。鍛えた肉体をなぜ自ら滅するようなことをしたのか。彼はどのような信仰を持っていたのか。彼の苦悩は、苦しみは・・・・・。
 どこかモヤモヤした私の心は「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」と唱えるのみであった。

(第二組 生駒市 生玉寺 佛姓泰淳)


▼ 第二組 斑鳩町 吉田寺 山中浩悦 ▼

『夢』

先日20歳前後の学生さん十数名に将来の夢を聞かせていただく機会がありました。ある方は人の役に立つ会社を自ら起こしたいとお話になりました。今はその夢のために大勢の起業家と会い、話を聞き、肥やしを蓄えているそうです。高い志に感心いたしました。またある方は、幼い頃から大好きな鉄道に関わる仕事に就き、大学での専攻である観光に携わるという一貫したビジョンをもっておられました。また別の女子学生さんは、善きお相手と結婚し子供を産んで、自分を育ててくれた両親のように温かい家庭を築く未来を描いておられました。大変心温まるお話でした。

最後に座長さんが、「夢を実現するには25歳までに○○をする、30歳までに□□になるというように、短期間ごとに到達目標を立てることが大切です。現実的な近い目標を目指すことで、夢の実現が確実に近づいてきます。私も夢の途中です。皆さまも頑張ってください。」と締めくくられました。

私は現在30歳、この4月で僧侶になって丸7年が経ちます。学生さんの話を聞きながら、私の今の僧侶としての夢は何だろうかを考えておりました。浄土宗僧侶は浄土宗教師とも呼ばれるように、お念仏を弘めることが役目です。往生浄土を願う生き方を多くの人に伝える立場にあります。まず僧侶である自分自身がそういう生き方をせねばなりません。しかし、私はお浄土を目指しお念仏を中心に生活をしているとはいえません。社長になるという話を聞いては自分もお金持ちになりたい、家庭の話を聞いては妻や子供とずっと一緒に平和に暮らしていたいと、目先のことを追いかけるばかりです。仏縁あって僧侶という立場、お念仏という生き方、往生浄土という夢を頂戴したにも関わらず、努力を怠るどころか与えられたものすら見失っている情けない自分を思い知らされました。

しかしそれと同時にお念仏のありがたさも頂戴することができました。阿弥陀さまは一遍でもお念仏を称える者は必ずお浄土にお迎えくださいます。普通は目標を立ててコツコツと歩みを進めなければ夢は叶いません。「来年までに100万遍のお念仏を称える」という目標を立てて、達成しなければならない―お念仏に関してはそういうことはありません。今この瞬間に称える一遍のお念仏で、次の瞬間に命が終わろうとも、往生浄土を遂げることができるのです。自分を見つめれば見つめるほど、お念仏のありがたさが深く身に染みました。

無論、夢の実現に向けて努力する姿が素晴らしいことに疑う余地はありません。ただ、私たちが夢にしてしまいがちな財産・地位・名誉・家族・健康などは万人が成就できるものではありません。必ず持つ者と持たざる者に分かれてしまいます。また早かれ遅かれ手放さねばならないものです。その一方で、往生浄土を願うお念仏は、万人の未来永劫を豊かにしてくれるものです。青年僧である私はそのお念仏を阿弥陀さまから頂戴したことを悦び、一人でも多くの人に伝えてゆくことを改めて自分の夢とし、毎日を励みたいと思います。

(第二組 斑鳩町 吉田寺 山中浩悦)


▼ 第七組 王寺町 永福寺 坊城慶史 ▼

『極楽浄土をめざして』

先日、たまたま近所の本屋さんに行くと、目にとまった詩集がありました。昨年94歳で亡くなられたアンパンマンの原作者である、やなせたかしさんの詩集です。その中にこのような詩がありました

希望
一寸先は闇といいますが、一寸先は光かもしれない
人生というのは思うようにはいきません
基本的には愛別離苦
さよならだけが人生ですが、
パンドラの箱の最後に希望が残されていたように喜怒哀楽は繰り返す
あんまりあっさり絶望してあきらめないほうがいい
希望をすててしまってせっかちに絶望するのはもったいない
明けない夜はありません

「愛別離苦」とは愛する人と別れてゆかなければならない苦しみという仏教語です。「愛する人と別れてゆく・・・そんなご縁には誰も望んで出逢いたくはないものですけれども、出逢ってゆかなければいけないときもある。ですがそんなつらい悲しい時であったとしても希望を捨ててしまってはいけませんよ」そんな優しく、また力強いやなせたかしさんのメッセージが込められた詩であると印象に残りました。

この詩を拝見したとき、ふとあるお方のことを思い出しました。それは浄土宗をお開きくださった法然上人です。実は法然上人も同じようなメッセージを込めたお歌をお残しくださっているのです。

露の身は ここかしこにて 消えぬとも 心は同じ 華の台ぞ
(草葉の朝露のように消えゆく人の命というのははかないものです。互いの身が何時、何処で、どちらが先に果てようとも、南無阿弥陀仏と念仏申す者は共に極楽浄土の蓮の台でまた再会することができる。このことを忘れてはいけませんよ)

このお歌は法然上人が75歳でご流罪になられるときに、九条兼實公に対して詠まれた歌であります。九条兼實公は日頃から法然上人のことを念仏の教えの師として、また人生の師として尊敬され、お慕い申し上げていらっしゃいました。しかしそんな大切な法然上人にご流罪の命がくだり、今生の別れになることを察した九条兼實公は深くお嘆き悲しまれたのです。そんな九条兼實公に対して、法然上人が詠まれたのがこのお歌です。「念仏の教えをいただくものにとって永遠の別れというものはない。いずれ極楽浄土へ往生させていただいて、そこで再会できるという間違いない希望がある。その希望をいついかなるときも忘れてはいけませんよ」ということを、このお歌を通して教え諭されたのです。

人の一生というのは、年齢を重ねるごとに先細りしていくようなものであるといわれます。50代よりは60代、60代よりは70代、70代よりは80代、80代よりは90代というように、年齢を重ねるごとに身体的な衰えというものが必ずやってくるものです。徐々に足腰も弱くなり、眼も見えづらくなり、耳も聞こえづらくなり、物覚えも悪くなってくる・・・そしてまたこのような身体的な衰えに伴って、精神的にも年齢を重ねるごとに自信を無くし弱ってくるものだと思われます。

そして長生きをすれば、自分の大切な方とお別れをしてゆかなければいけないというご縁も当然多くなってくる。愛する夫、妻、友人、場合によっては逆さまごとにも出逢ってゆかなければいけない方もいらっしゃるでしょう。長生きをするとただそれだけで、めでたいことであるかのように他人は思ってしまいますが、長生きされている当の御本人はこの先細りしていくその人生の狭さ、寂しさ、苦しみというものを受け止めてゆかなければいけません。このように人生というのは、どうあがいても先細りしていくものでしょう。

ですがこの先細りしていく人生が終わった向こう側に、極楽浄土という明るい希望の世界が待っているんだということをしっかりと胸に受け止めることができたならば、先細りしていく人生を、極楽浄土という希望に向かって力強く生き抜いていく大きな力になってくるものだと思われます。

ですので法然上人は、「この世でたとえどんなつらいことがあっても、たとえどんな悲しい別れがあったとしても、念仏申す私達には極楽浄土という希望が待っている。その希望を忘れるような生き方をしてはいけない」ということを私達にお示しくださったのです。

別れても 極楽浄土の 希望あり

法然上人のみ教えをしっかり胸に刻み、お互い先細りしていく人生を念仏申して力強く生き抜いていきたいものであります。

(第七組 王寺町 永福寺 坊城慶史)


▼ 第十二組 下市町 西迎院 中村祐華 ▼

私は知恩院様で修行させていただいて尼僧になってから約10年経ちます。浄土宗でも尼僧の割合はまだまだ少なく、おそらく全体の一割程度かと思われます。その為か珍しがられて、今までに色々と話かけられることがありました。

ある時40代位の一般男性の方が「君、尼さんなんやって?わしが思うには、心の弱いもんが宗教に頼るんや。今まで自分で努力して人生切り開いてきたわしには必要ない。」とおっしゃったことがありました。仏様との御縁がなく過ごしてきた方にとっては、自分の知識や経験だけを物事の判断基準にするのは一般的な考え方かもしれません。

現代人においては自分の目に見えず手に触れられないものは信じられない科学で証明できないものは認めないという考えや、また無宗教であると公言することがいかにも自立しているというような風潮が見受けられます。その結果死んだらしまい、来世なんかないと思ってる人の多いことに驚きます。体が元気な内はそれでも過ごせるでしょう、しかし自分の身にいよいよ死が迫ってきたらどうでしょうか? 魂の行先がわからない恐怖というのは、その時になって強く実感するのです。

一方サスペンスドラマのシーンで亡くなった人を指して『仏さん』と表現されているのをよく見かけます。「死ぬ=仏になる」それは無宗教を主張する反面、死後救われていたい、大切な人には救われていて欲しいという漠然とした願いが自然と表現されているのかもしれません。

では結局、死後どうなっていくのでしょうか? 私達は生前の行いによって次に生まれる世界が決まり、自分本位に生きて仏様に手を合わせることなく命終えていったならば、地獄や餓鬼や畜生という人間の世界よりはるか苦しみの多い世界へ生まれていかねばならない存在です。阿弥陀様はそのような私達の姿をご覧になり哀れんでくださり、私達を救うために成り代わって長い長い無限に近い時間修行を励みつとめてくださいました。そしてその修行の功徳を南無阿弥陀仏の六字に込めてくださったのです。阿弥陀様の極楽浄土へ往生したいと心から願い、自分の行いを懺悔し反省してお念仏を称えた者は必ず救いとってやるぞとお誓いくださったのが阿弥陀様の本願の御念仏です。

今までの知識や経験があったとしても至らぬ人間であると自覚して、驕り高ぶることなくただ素直にひたすらに南無阿弥陀仏を申していきなさいと法然上人は仰せになっておられます。自分が絶対正しい偉いのだという傲慢の心を懺悔し、謙虚に自分を省み生涯を通じて御念仏精進させていただきましょう。

(第十二組 下市町 西迎院 中村祐華)


▼ 第八組 葛城市 法林寺 安田文岳 ▼

日々年末年始の気持ちで

新年おめでとうございます。
皆様のご清福を心よりお祈り申し上げます。

昨年を振り返ってみると、富士山世界遺産登録、冒険家の三浦雄一郎さんが史上最高齢の80歳でエベレスト登頂に成功、プロ野球の楽天が日本一に輝き東北の方たちに希望を与えたことなど、嬉しいことがありました。

その一方では、アルジェリアで大手プラントメーカーの社員が人質になり、日本人10名の尊い命がうばわれた事件や山口県周南市の村で孤立した男が五人の隣人たちを殺害した事件、JR横浜線の踏切で線路内に倒れた高齢男性を助けようとした女性が電車にひかれて亡くなった事故など、沢山の悲しい事件や事故もありました。更には異常気象が続き、自然災害などが多くありました。

年末のテレビの特別番組や新聞の記事などでも一年間の出来事を報道していました。「あんなこともあったなあ。そうそう、こんなこともあったなあ」と忘れかけていた事を思い起こさせてくれました。新年を迎える前には大掃除もしました。平常は手の届かない家の隅々までも、念入りに掃除するのが世間でも恒例でありましょう。

目で見える埃や汚れを綺麗にする掃除もありますが、仏教ではもう一つ「心の大掃除」をします。自分自身がこの一年どうであったか、わが身の至らなかったことを振り返り、阿弥陀様に「罪をお許しください。今後はそういう罪を犯さないように心掛けます」という思いで手を合わせます。除夜の鐘をつくことも自分の煩悩という心の汚れを除去するという意味が込められています。外面と内面の大掃除をして、この新年を迎える準備をいたします。

年が明けると、世間の雰囲気がガラッと変わります。身も心も改め、新しい年の出発です。正月の「正」という字は悪事や過ちを止めて改めさせるという意味があるそうです(新字源より)。

私たち仏教徒は年末には過去を振り返り、今まで仏様に喜ばれるような生活をしていただろうかと自分を見つめなおすのです。そうした時、私自身「はい」と言えないことに気付きました。年始には新しい気持ちで仏様に喜んでもらえるような生活が送れるようにしたいと誓うのです。

阿弥陀仏という仏様は、最高の幸せの世界である極楽浄土を建立してくださいました。阿弥陀様は私たちを極楽浄土に迎えとってやろうといつも願ってくださっています。その極楽浄土に往くためにはお念仏を称えることです。「我が名を呼ぶ者を必ず救ってやるぞ。ナムアミダブツと私の名前を呼ぶんだぞ!」と願ってくださっているのです。
 
阿弥陀様が喜んでくださるのはお念仏であります。
私も阿弥陀様に喜んでいただけるようにお念仏の生活をしていきたいと思います。 合掌

(第八組 葛城市 法林寺 安田文岳)