青年僧のお話~2012~


 

▼ 第八組 葛城市 蓮生院 菅原大純 ▼

 

 今年も冬になりまして、いよいよ終わりが近づいて参りました。日ごとに寒さを増していくこの時期、外出一つも億劫になればお天気の悪い日など、あれほど嫌だった夏の暑さすら恋しくなってきます。

 暑さ寒さに耐えることも日々の行とは思いますが、仏ならぬ凡夫の身にはなかなか厳しく、ついつい口からは悪態などが零れることもあります。何事も踏み出してしまえば後はなるようになるとは思いますが、一歩踏み出すことがなかなかに大変でございます。表に出ることもまいってしまうような時などは、私は「南無阿弥陀仏」の一声で踏み出すように決めております。次に踏み出すもう一歩も「南無阿弥陀仏」と続けることで自然と足は前へ前へと、となえながら歩く間に気がつけば目的地、といった次第であります。

 浄土宗の御法語に「一枚起請文」というものがあります。これは浄土宗を開かれた法然上人がお亡くなりになられる直前に書かれたものであります。この「一枚起請文」の中に、「ただ往生極楽のためには 南無阿弥陀仏と申して うたがいなく往生するぞと思い取りて申す外には別の仔細候わず」という言葉があります。これは、ただ一心に疑いなく「南無阿弥陀仏」とおとなえして、極楽浄土に向かうぞと思う以外には何もない、という意味であります。

 皆様は日々の生活の中でどれだけのお念仏をおとなえしているでしょうか?お仏壇の前に座して、ひょっとしたらお仏壇の前にいることもあまりないという方もおられるかもしれません。お念仏をとなえて極楽浄土に往生するという浄土宗の教えは、何ら堅苦しいものではございません。日々の生活の一歩一歩にお念仏をとなえる、ただそれだけで極楽浄土に向かう一歩に等しいのであります。

 これからの季節、ますます寒さも厳しくなってまいります。どうぞお体を大切にお元気にお過ごしください。 合掌

(第八組 葛城市 蓮生院 菅原大純)


 

▼ 第七組 広陵町 定願寺 岡崎順哉 ▼

 

 仏の教えは「この世は苦しみの世界であり、苦しみから解放されるには一切の真理を理解し、全ての煩悩・執着を滅し尽くし、覚りを得ること」であります。

 浄土宗では「南無阿弥陀仏と念仏を称えて苦しみのこの世から離れて、阿弥陀仏のおられる安らぎの極楽浄土へ救い取って頂くことで様々なことを理解し苦しみから解放される」という教えです。

 しかし実際のところ、本当にこの世が苦しみであるということを全ての人々が感じられているのかと思います。先が見通せずどうしょうもない不安や心細さに襲われたり、また自分の力の至らなさに恥ずかしくなって後悔してこのまま生きていられないとか、そういった心の苦しみは多くの人が生きていくうえで感じると思います。大体が一過性のもので、しばらく過ぎると元通りになったり忘れていったりするものです。そんな中でぼんやりとしながら欲をかき苦しみから目を背けながらだらだらと日々を過ごしているものです。私自身も多少のストレスを抱えながら「あれが嫌だ、これが嫌だ」などと思いながら日常が楽になることを求めています。

 しかし現実とはもっとおぞましく混沌とした苦しみであって、本当は楽になることなど残念ながらなく、今以上に気の狂いそうな苦しみに出会うかもしれません。たまたま有り難いことに身心に苦痛を感じること無く日常を過ごしていても本当は、それは幻のようなものでいつまでも続く保障はない、もしかしたら一生楽ちんに過ごせることもあるかもしれませんがそれは運がよかっただけです。現在苦しみの中にあって、苦しみから離れたいと思って神仏に拝んでも占いに頼っても意味もなく、また一生懸命努力してももしかしたらうまくいかないかもしれません。うまくいくかもしれない、しかし苦しみから逃れられないこともあるのです。この世は情け容赦ないのです。

 ではどうしたらいいのかということですが、何にせよ逃げられないのでおのおの抱えている苦しみを、心を鎮めて耐え忍び、よくよく考えることが大事だと思います。苦しみと向き合うことに耐えられず頭が狂いそうになって泣き叫びたくなることがあるかもしれません。しかしどうしょうもありません。投げやりになり怒りをぶちまけるのは論外で、新たな苦しみの原因となるだけです。苦しみに出会い、そして残念ながら耐えるしかなく苦しむしかないということを理解できるようになるしか無いのです。むごいものです。

 そこで念仏ですが、苦しみの終結を迎えられる唯一の心安い教えであります。苦しみの一生を終え、罪の絆を瞬時に断ち切り、苦しみから解放され、永遠の心の安らぎを得られる手段なのです。前世や来世を語る胡散臭い霊媒師などテレビなどで面白おかしく取り上げられるのを見かけますが、そもそも何の救いも無く苦しみの一生を終え生まれ変わり、また新たな一生を―暗闇のような心細い来世を―手探りで生きなければならないことは大変な苦痛です。それが終結するのが阿弥陀仏の浄土へ往くことです。この一生苦しみのまま終えるかもしれない、しかし救いを求め阿弥陀仏の名を呼んだ人々が命尽きたとき、その仏は何物にも遮られることのない無限の光を差し照らし苦しみの繰り返すことのない安らぎの覚りの世界に導いて、そこで人々は生死を超えた永遠の命となり心の静けさを得られるのです。

 苦しみの終結はあるのだとそう考えると「やれやれよかったな、楽になれるんだな」と思えてきます。何だか気が楽になってきます。念仏を称えることでどうにかこうにか見苦しくてもしんどくてもこの世に這いつくばって生きていこうと思えるのです。

 こう述べましたが心からこのように思うのも相当難しいですし、自分自身なかなか思えていません。しかし念仏はどんなときでも行えて必ず救われるという安心があり、どうしようもない苦しみに出会った時には必ず最後には救いとって頂けるものなのです。どうか、救いがある、念仏があるということをどんなまやかしの言葉よりも受け入れて頂きたいです。

(第七組 広陵町 定願寺 岡崎順哉)


 

▼ 第六組 高取町 念佛寺 佛姓泰淳 ▼

 

 「熱っつ!」湯加減を診るために足を入れた途端、思わず大声を出してしまった。そこは北海道の川北温泉。国道から5キロもダート道を走る道東にある無人の露天温泉。冷涼を求めて久しぶりに北海道に行ったが、今年は特別残暑が厳しいとの声を何度も聞いた。

 効能を記した案内板には温度59度とあり、川水を引いたホースで温度を下げて湯加減をするらしい。かなり太いホースから5分くらい水を入れると、ようやく入ることができた。しばらくすると地元の人とおぼしき男性が来て、子箒で簡易脱衣場や湯船までの小道を掃除されていた。そして我が家の風呂に入るように入ってこられた。「湯、熱かったでしょう。いい湯加減をしてもらって助かるわ」と言いながら、「極楽、極楽」と何度も言っていた。一緒に湯船に入ってしばらく話をした。「管理の方ですか」と尋ねると、「いいや、この風呂が好きだから、自分にできることをやっているだけよ」と何でもないように話された。聞けば旅行者の中には、湯船に水ホースを入れたまま帰る者もあり、温泉が水風呂になっていることもあるらしい。

 「いい加減」という言葉は、「あの人はいい加減な人」などと普段あまりいい言葉として用いられないようだが、加減が丁度いい訳で、塩梅や具合と同様に状態の程度を表す言葉である。丁度いい加減や塩梅、具合はどちらにも偏らず調和の取れた穏やかな状態、境地である。湯浴みするには熱湯や寒冷水の湯は地獄の湯であるが、丁度加減のいい湯は極楽の湯であり、この世の「極楽」である。本来、極楽とは「極楽浄土」であり、お浄土のことである。そこは苦しみのない安楽な世界であり、阿弥陀佛が人々に救いの手を差し伸べてくださっている。そのお浄土に、「南無阿弥陀佛」と称え、阿弥陀佛の本願力によって往生させていただくというのが浄土宗の教えである。

 「自分にできるささやかなことで、他人が喜んでくれたらいい」そのようなお話を聞くことがあるが、温泉という自然の恵みに、湯加減のための水を引いたり周辺を掃除して、人々のこころを和ませ暖かくしてくれる、「極楽の湯」とでもいいたくなる温泉に浸りながら、私は「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛・・・・」と称えていた。

(第六組 高取町 念佛寺 佛姓泰淳)


 

▼ 第五組 橿原市 法満寺 漆 良彰 ▼

 

子供が熱を出しました…。

 九月に入っても厳しい暑さが続いております。皆様はいかがお過ごしでしょうか? まだまだ暑さの続く毎日ではありますが、夏休みも終わり、九月に入りまして、いよいよ夏のピークが過ぎゆくのを皆様も感じておられることと思います。

 私には子供が二人、上が長女2歳8ヶ月、下が長男生後5ヶ月となります。嬉しい事に二人それぞれ元気に育ってくれています。先月始めの事ですが、子供が熱を出しました。

 暑い日が続く中、初めての夏という事もあったのでしょう。最初に下の子が咳を始め、案の定その二日後には上の子も、咳…。そして、熱を上げ始めました。夜間の緊急外来にも駆け込みました。子供をお持ちの皆様は、皆経験してこられた事かと思います。

 娘は、ようやく言葉のキャッチボールが出来る年齢になってきた頃で、少し知恵がついてきたからなのでしょうか。処方された薬を嫌がり、まったく飲みません。仕方なく、自然に良くなるのを待つ事しか出来ずに、回復まで少し長引く事となりました。

 普段なら、私にも妻にも平等に駆け寄って来てくれる娘も、こんな時の拠り所はやはりお母さんですね。「お母さん…お母さん…」と、妻にしがみつき離れません。私が近寄ると「お父さんは結構です!」と、手を払われる始末。少し寂しい思いと、何もしてあげられない自分への歯痒さを覚えました。

 普段は楽しい子育ても、こんな時は特に子育ての苦労を感じます。そしてそれと共に、自分を育ててくれた両親への感謝を感じずにはいられません。「人の気持ちは、その人の立場になってみないと本当の気持ちはわからない」とは言いますが、私も子を通し、親として、ようやく両親の苦労や想いを理解出来るようになってまいりました。

親の身になり、改めて思います。
今、ここに私がいて、子供がいる。
私を産み育ててくれた親がいて、祖父母がいる、そして、そのまた親がいて…。

 今年のお盆は、元気になった二人の子供達と一緒に、阿弥陀さまに手を合わせ、普段以上にご先祖さまへのお念仏にも力が入るお盆のお勤めとなりました。

南無阿弥陀仏…
南無阿弥陀仏…
南無阿弥陀仏…。合掌

(第五組 橿原市 法満寺 漆 良彰)


 

▼ 第四組 桜井市 西方寺 中村真哉 ▼

 

 8月も近づき私たち僧侶にとってはもっとも忙しい時期が迫ってまいりました。そんな8月のお盆の時、多くの寺院でお施餓鬼(施餓鬼会)という行事が行われます。お盆は皆さんが普段から行っていただいている親族への供養、そしてお施餓鬼は他者への供養と思っていただいたら良いと思います。

 なぜ他者へなのか、それは、『救抜焔口餓鬼陀羅尼経』(ぐばつえんくがきだらにきょう)というお経に説かれているお話に始まります。

 お釈迦様のお弟子の一人阿難尊者(あなんそんじゃ)が瞑想中に、口から火を吹く餓鬼が現れて「おまえはあと3日で死ぬ。そして餓鬼道に落ちる」と言われます。阿難尊者はお釈迦様にこのことを話すと、お釈迦様は「飲食とお経で餓鬼達を供養すれば、餓鬼達は救われ、阿難尊者の寿命も延びる」と言われました。阿難尊者はそのとおりに餓鬼達を供養して餓鬼を救い、自らの寿命も延ばせたのです。

 このことから、お施餓鬼は餓鬼道に落ちた者、すなわち他者の為に飲食を施す行事として現在も営まれているのです。

 そんなお施餓鬼のある今夏は節電、節電と言われており計画停電の可能性もあるようです。幸いにも私の住む地区は計画停電からは外れておりました。心の中では「ラッキー」と思いつつ、ふと思い出したお釈迦さんの言葉にこんな言葉があります。

 「他人の間違いに目を向けない。他人がしたこと、しなかったことに目を向けない。ただ、自分がやったこと、やらなかったことだけを見つめなさい」

 簡単に言いますと、「まわりの人がやってもやらなくても、自分がやるべきことをちゃんとやろう」この言葉を思い出し、計画停電から外れてるから節電しなくていいのではなく、計画地区で停電が実施されないように節電しないといけない、と思ったのです。

 今、私は少しでも節電をしようと、使わない家電のコンセントを抜いたり、テレビは見たい時だけ、エアコンは28度など家族で色々頑張っております。皆さん一人一人が節電を心がけると、その節電した電力が計画停電予定の地区に回され、停電で困る人が居なくなる。これはお施餓鬼の趣旨にも似ているのかもしれません。

 今年の夏は「自分のやるべきこと」を行っていきましょう。

(第四組 桜井市 西方寺 中村真哉)


 

▼ 第三組 天理市 善福寺 川野真広 ▼

 

 こんにちは、私は天理市の善福寺の川野真広と申します。元々は兵庫県神戸市の生まれですが、阪神・淡路大震災等、その他にも色々なご縁あって、今はこの奈良のお寺にて仏道に精進させていただいています。

 阪神・淡路大震災に際し、ご支援いただいた皆様には感謝してもしきれない事ばかりだと感じています。当時は高校生でしたが、あの震災で私の家は全壊してしまって、くずれた家から這い出した記憶が今も鮮明に残っています。

 あの時、私の親族には、運良く死者はでませんでした。しかしながら、家や、車や、家具や、思い出が無くなった苦しみは今も覚えています。そして、「苦しみは被災者以外誰も分からない」という複雑な気持ちがあります。

 昨年3月に東日本大震災がありました。多くの方が亡くなられ、そして家も仕事も失ったと聞きます。私は今回被災された方々の苦しみは、自身の経験から分かるようでありますが、本心まで分かるのかと聞かれると答えられません。そして、なんとかお役に立ちたいと思えども、何が良いか分からないのが現状です。何もしないのが良いのかもしれません。被災者の方々の苦しみは、複雑で重いものだと思います。

 ただ、日々「死」と向き合わせの僧侶という職業は、何か出来るのかもしれないし、出来ないかもしれません。しかし、他の方に比べて心を打ち明け易いと感じる被災者の方もおられると思います。

 私が被災した当時は、仏教にはそれほど深く関わっておりませんでした。だから、被災したとき、仏教が、宗教が、どれだけの力になるのか、分かりませんでした。今、東日本大震災後の僧侶のあるべき姿とはなんだろうかと考えています。

 昨年、浄土宗奈良教区青年会で災害義援金托鉢が頻繁に行われました。震災から時間が経つにつれ、募金の団体の数がみるみる減っていった中で、青年会が長い間続けてきた托鉢の活動は素晴らしいものだったと思っています。私も参加致しましたが、その活動をありがたく感じ、きっと被災者の人達にも力になるものであっただろうと思っています。

 私も何ができるか分かりませんが、自坊での二胡のチャリティー演奏会を定期的に開いたりして、本当の意味での復興までの間、いつまでになるか分かりませんが、助け合いの気持ちをずっと忘れず、行動していきたいと思います。

 近々、東北の地に行き、地元の方と一緒に法要に参加したり、掃除などの活動をさせていただく予定です。東北で何か感じたことがあれば、また報告したいと思います。

 本来は「念仏の功徳を感じて、被災された方々に何か出来る事を・・・」と書くべきところかも知れませんが、被災者の方々の気持ちを汲む力がまだ無いように思うので、このような文章となりました。失礼いたしました。

(第三組 天理市 善福寺 川野真広)


 

▼ 第二組 斑鳩町 吉田寺 山中浩悦 ▼

 

 斑鳩は、世界最古の木造建築であり、日本最初の世界文化遺産である法隆寺を中心に飛鳥時代から栄えた土地です。法隆寺の西には、和歌にも詠まれた紅葉の名所・竜田川が流れ、大和川へと注いでいます。近年は大阪に近いこともあり、ベッドタウンとして新しい住宅も増えつつある、そんな町です。私は法隆寺と竜田川とのほぼ中間にある、古寺にて日々生活させていただいております。

 ある日の夕暮れ、私は近所の小川沿いの道にてジョギングを楽しんでおりました。普段は日がすっかり落ちた夜に出るのですが、寺務を早めに終えられたこの日は、明るいうちに出発しました。付近は斑鳩の中でも比較的多く田んぼの残る地域で、天気も良く、春に向かう時候だったことも手伝って、気持ちよく走っておりました。慣れた道でしたが、昼と夜では五感に入るものも大きく違っていました。

 脇を流れる川は道から5メートルは低いところを流れていて、街灯の明かりもほとんどない夜には、川とも農業用水路とも区別のつきにくく、水辺に注意を払うことはほとんどありません。この日は太陽もまだ西の空にあり、水面がキラりと陽光を反射したことに気がつきました。走りながら見下ろすと、川幅はわずかで、深さもヒザ丈まであるかどうかほどの水量でした。ただ、反射したのは、住処には似つかわしくないほど立派な魚のウロコでした。フナが大きく成長した姿のようで、黒に近い灰色の体はお世辞にも美しいとは言えませんが、体格は庭園の池を泳いでいる錦鯉ほどもあり、一つよい発見ができたと嬉しくなりました。

 せっかくなので立ち止まって川の中を見渡してみると、どうやら一尾だけではないようでした。誰かが放流したのかと思うほど、まるまると太ったフナがそこらじゅうを泳いでいました。少し違和感を覚えるほど、たくさんのフナが泳いでいました。付近では稲作が行われ、この小川も近く竜田川に合流するため、天敵になる水鳥も多くいます。もっとも、これほどの姿になると、捕食されることはないでしょうが感心しました。おそらく、フナが食べる栄養源もたくさんあるのでしょう。しばらく眺めていると、一尾の尾びれについて回る数尾のフナがいることに気がつきました。はじめは繁殖活動かと思いました。もしかすると私の思い違いかもしれません。しかし、確かにその時、共喰いをしていたのです。それまでの清々しい気持ちが一転しました。一見のどかに見える小川の中に、おぞましい現実を見ました。

 ジョギングを再開しながら、感じました。もちろん彼らは生存のためにそうせざる得なかったのでしょう。しかし、恵まれた中で膨張し、結果として他者を喰い合うその様子が私自身と強烈に重なり合いました。現代の日本は物も十分にあり大変豊かな国です。それでも私は生活を少しでも良くにすることばかり考えていました。他人を喰うことに奔走していました。餌は―物質的な富は―限りのあるもので、ある程度、取りつくしてしまえば、あとは奪い合うしかありません。競争社会という奪い合いの世界を謳歌しています。物は十二分にあって豊かなのに、充たされてはいません。

 仏教には「少欲知足」という言葉があります。欲を少なくして足ることを知る。欲を満たすことでは決して充たされることはなく、与えられたものを喜ぶ中にこそ真に充たされる。仏教にゆかりの深い土地で、仏縁をいただき、このようなみ教えを頂戴して私は生かされています。それでも尚、恥ずかしいかな、欲に我を忘れ、満たされねば腹を立て、過ちを繰り返す愚かな生き方しかできません。幼い頃から何度となく諭されたにも関わらず、欲は少なくならないし、足ることも分からないのが私でした。

 このような深い川底で、苦しみ続ける私が救われる法は―「南無阿弥陀仏」と。自然と口にでた数編のお念仏に、仏縁の中に生かされるいいようのない幸せを感じ、小川沿いを走るペースを上げてゆきました。

(第二組 斑鳩町 吉田寺 山中浩悦)


 

▼ 第三組 天理市 善福寺 桂 浄薫 ▼

 

『阿弥陀仏と 十声称えて まどろまん ながき眠りに なりもこそすれ』
(法然上人御作)

 三月となり、少しずつ暖かくなってきました。厳しい冬を耐えた分だけ春が待ち遠しくもあり、確かに春の息吹きも感じられる今日この頃です。朝晩の冷え込みも和らぎ、ぐっすり眠れるようになりました。まさに「春眠暁を覚えず」ついつい寝過ごしがちではないでしょうか。

 そんな朝に思い出すのが冒頭の法然上人御作と伝えられる御歌です。意味するところは、「南無阿弥陀仏と十声お称えしてしばし眠るとしましょう。この眠りが永遠のものとなるかも知れませんから」となります。つまり、「この眠りが最期となり、もう二度とこの世で目を開けることが出来ないかも知れません。そう思って十遍お念仏して眠りましょう」ということです。

 誰しもまさか自分のこととは思えないのですが、それが起こり得る現実であることを強烈に突きつけられたのが、一周忌を迎えた東日本大震災でした。テレビや新聞、あるいは巷で盛んに「無常」や「無情」が語られ、残された私たちは亡くなられた方の分まで、一日一日を大切に生きなければと誓ったはずです。しかし、なかなか一日一日を本当に大切には出来ていない、どうすれば大切に過ごすことになるのか分からない、というのが実際かと思います。

 おりしも今年はオリンピックの年で、四年に一度の閏年です。2月29日が閏日でしたが、実は今年は閏秒もあります。7月1日の8時59分59秒と9時の間に1秒が足されます。つまり今年は例年より1日と1秒長いことになります。なかなか実感出来ませんが、確かに1日と1秒長いのです。東日本大震災を思えば、その1日1秒をムダには出来ませんよね。

 私たちお念仏の教えを信じる者は、そんな1日あるいは1秒を最期かも知れないと覚悟し、お念仏を一念でも多く称えるべきです。この世での最期の瞬間かも知れないと思いを致し、後の世は極楽浄土に生れたい。阿弥陀さまのお迎えを頂き、極楽浄土で目を開けたいと願うべきです。その切なる思いを込めて一念一念を大切に称えるのが、念仏者の一日一日の過ごし方です。

 季節の移ろいは早いものです。「一月は行く。二月は逃げる。三月は去る」とよく例えられるのは誰もが実感するところでしょう。それでは、四月は何と言えるでしょうか。無常・無情のこの世の中を思えば、それは「死ぬ」かも知れません。いつその時が訪れるか、誰にも分かりません。それならば「五月は極楽」といきたいものです。常に最期を意識しながら生きていくのは難しく、重く苦しい生き方かも知れません。しかしそれが念仏者の心がけであることを忘れず、怠惰で能天気な私は、せめて眠る時は法然上人の御歌を思い出して十念するのです。春眠暁を覚えずとも、南無阿弥陀仏を忘れずに。 合掌

(第三組 天理市 善福寺 桂 浄薫)