青年僧のお話~2017~


▼  第九組 御所市 浄土寺 堀口晃裕  ▼

「仏名会」

 年齢を重ねるにつれ時間の経つのが速く感じるようになりました。子どもの頃は、お正月やお盆、夏休みなど、まだかまだかと待っていましたが、最近は、もうお正月が来るのかと思うこの頃です。年末のこの時期になると喪中欠礼のはがきが届きます。亡くなった方とこの世で二度と会うことができないのかと大変さびしくなります。しかし、誰もがそうなることは分かっていながら、つい目先のことに追われ日々を送ってしまいます。

 自坊では、12月中旬に「仏名会」という法要を行います。初めて「仏名会」が行われたのは、宝亀5(774)年に光仁天皇の宮中でのこと。承和2(835)年の仁明天皇が行って以降、宮中での恒例儀式となり、その後、各地に広まり、寺院などで勤められるようになりました。
 浄土宗で行われる「仏名会」とは、三日ないし一日、過去・現在・未来の三世(さんぜ)の世界の諸仏のみ名を称え「南無阿弥陀仏」のお念仏をとなえ、 礼拝(らいはい)して、罪深い自分自身を懺悔(さんげ)する法要です。
 『仏名経』という経典には、「およそ1万3000もの仏・菩薩の名が列挙され、もしここにある名を読み上げれば、平穏な 日々を過ごせ、諸難から離れ、諸罪が消え、将来、悟りが得られる」と説かれてあります。

 私もそうでありますが、なかなか人間は罪の意識というものを自覚できないものです。人間は一日に多くの事を思い、考えるそうです。その思いのなかには、良い事も思い、考えますが、しかしそのほとんどがよからぬ事を思い、考える事が多いそうでございます。そうした知らず知らずのうちに積み上げてしまった私たちの心の罪、垢を消し去り払わしていただくのです。
 年末が近くなると行動、気持ち共に忙しくなってまいります私たちです。どうぞ皆様、お寺の「仏名会」に参加して頂き、また日々の生活の中でお念仏、礼拝に励んで心を清めて新しい年を迎えましょう。

合 掌

(第九組 御所市 浄土寺 堀口晃裕)


▼  第八組 葛城市 西光院 中村法秀  ▼

 昨平成28年度からの2年間、大和巡礼念仏行脚と称し、会員の寺院(県内約90ヶ寺)をつないで念仏をとなえながら歩いています。
 今日車での移動が圧倒的に多く、寺檀関係に支えられて本来的な托鉢をすることもないので、僧衣で外を歩いて不特定の人の奇異の目にさらすこと自体、貴重です。

 一々、道いく人の反応や表情など見ていませんが、とりわけ印象深かった二つの行きかいがありました。
 昨秋の明日香。稲穂を刈りとるコンバインに乗ったまま、エンジンは切らず、でも作業を停めてずっと私たちの列を最後まで合掌して見送ってくださった農家の男性。
 今年の梅雨の奈良市街。ビルの谷間の狭い歩道をいく私たち。通り過ぎるまでオフィスの軒先で曲がった腰で屈みながら頭を下げてくださっていたおばあさん。
 最後に通過する私が頭を下げると、おばあさんは「ああ、もったいないことです」と言ってまた頭を下げてくださいました。
 
 間違ってはならないのは、我々僧侶に頭を下げてくださっているのではないということです。
 みすぼらしい僧侶の姿の中に、仏さまの姿を見、拝んでくださっているのだと思います。坊さんは、尊いみほとけの教えを実践し伝える人だから尊嵩されるのであって、結局それは仏さまが尊いということを私たちは心しなければなりません。
 仏に帰依する人の標柱になれるのか。供養を受けるに値する僧侶なのか。合掌する人にまた合掌をもって返すような謙虚さを失っていないか、と。その方々を見て申し訳なく、恥ずかしくなったのです。

 高校時代、当時稽古に励んでいたクラシックピアノの曲集を手に、友人に「ベートーヴェンは未熟な奏者でもとりこにして、深みにいざなう魅力があるんだ」などと分かったようなことを語ったことがあります。
 するとその友人は、「実際に弾いて聞かせてよ。いくら楽譜を前に語っても無駄なことだ」と冷ややかに言ったのです。演奏してはじめて伝わるのだから、弾けなきゃ意味ないよ、と。私は、その時の恥ずかしさを忘れません。

 仏の教えを正しく受けとり、正しく伝える。そのためにもっと謙虚に仏の教えを学ばなければなりません。人に薦めるなら当然信じていなければなりません。念仏を申す実践が伴っていなければなりません。

 「仏教には大いに関心があるが、坊主は嫌い」という世評があるごとく、坊さんは仏教を伝えていない、体現していないという率直で的を射た評です。
 それらを念頭に私は歩きながら、日頃の生き方がにじみ出るであろう自分の姿に問いかけずにはいられないのです。

合 掌

(第八組 葛城市 西光院 中村法秀)


▼  第七組 広陵町 定願寺 岡崎順哉  ▼

「布施について」

 「布施」とは、今の時代、僧侶に対する支払いを指しているかと思います。実際わたくしたち僧侶は葬儀や法要を勤め、その対価としてお布施をいただき、一般の方々と同じように生活しております。
 ただ、布施の本来の意味は、”見返りを求めない施し”です。修行僧や困窮者に衣食や財などを施すことであり、また僧侶が他者に読経や説法をすることも法施と言い、布施の一つであります。
 しかし、わたくしたちは経を読み、時に法を説き、法施をしてその対価としてお金を頂いております。見返りの求めない法施をせねばならないなと思いながらも、何も出来ておらず、自分が可愛く自分を養うことを第一に考えてしまっており、情けない思いであります。

 一つお経を紹介します。

お釈迦様はインド各地を遊行し多くの人々に法を説いておられました。その中で、田を耕す者が粥を人々に施していました。お釈迦様も施しを受けようと立たれると、その者は「自ら田を耕し自ら食を得よ」と言います。そこでお釈迦様は「自身も信仰を耕し安らぎの実りを得ている」と説きます。田を耕す者は感嘆し、粥を施そうとします。しかしお釈迦様は「いま説いた法の報酬として得たものは、食さない」と断り受け取られません。――

 後は略しますが結局受け取られません。私はいつも心にこのお経が引っかかっております。私は僧侶であり法施をします。何のためにしているのか、省みると心苦しい限りであります。

合 掌

(第七組 広陵町 定願寺 岡崎順哉)


▼  第六組 明日香村 西念寺 鷲尾隆彰  ▼

 処暑も過ぎ、朝晩だけでも涼しくなってくれればいいのですが、日中の暑さが残っていてなかなか寝苦しい日が続いています。

 少し季節がさかのぼりますが、夏に咲く花で仏教には欠かせない蓮の花が今年も様々な所で咲いていました。蓮の花の原産地はインドで、泥の中からきれいな葉と花を咲かせる事から、迷いの世界(泥の中)で、お釈迦様が示された智慧や慈悲(蓮の花)の象徴としてインドから中国、日本へと伝わった花です。

 私は、當麻寺に勤めさせて頂いており、當麻寺のご本尊は蓮の糸を使って織り上げられた當麻曼陀羅です。一枚の布がご本尊になっている非常に珍しいお寺でもありますし、歴史も長いので、毎日沢山の方がお参りに来て下さいます。
 その中で、最近ブームになっている御朱印を希望される方も少なくありません。御朱印の起源や、意味は諸説ありますが、お参りして頂いたお寺や神社、ご本尊やご神体と縁を結んで頂いた証と思って頂ければ幸いです。
 様々な方に興味を持ってお参りして頂けるのは非常に有り難いのですが、中には心無い方もおられ、珍しい御朱印等を、インターネットを使って高値で売買される方も中にはおられます。先日、私が書いた御朱印がインターネット上で取引されているのを偶然見つけてしまい、何とも言えない気持ちになってしましました。
 売る人も、買う人も、あまり良いとはいえませんが、少なくとも売っている人はお寺や神社を巡ってお参りをして、御朱印を頂いているわけですので、その中でいつか悪いことをしていると気付いて貰えると信じています。買う人は、自分でお参りをしていないお寺や神社の御朱印があっても、意味の無い物になってしまうので買わないようにお願いします。

 最近はお寺にお参りする機会も少なくなってきているので、初めは御朱印を目的にお参りに来て頂いても結構です。その中で、お念仏の教えにふれて、お念仏をして頂ければ幸いですので、この機会に近くのお寺にお参りしてみてはいかがでしょうか。

合 掌

(第六組 明日香村 西念寺 鷲尾隆彰)


▼  第五組 橿原市 念佛寺 阪本大樹  ▼

 梅雨の時には雨が続いてジメジメと鬱陶しいと思ってしまいますが、梅雨があけ、今度は暑い日が多くなってまいりました。私たちの口からは「暑い、暑い」と自然に出てしまいます。

 しかしながら、この「暑い」や「鬱陶しい」とあたりまえのように思うこと、これはとても有難い事です。他にも、人と話す事・お食事を頂く事・はたまた息をする事。何においてもあたりまえに出来る事ですが、これらは皆、させて頂いているのだという気持ちをもって、あたりまえを有難いと思う事が報恩謝徳のひとつだと思います。
 
 私の周りには病を患い浄土へ旅立った方や、今もなお闘病生活をしている方がいらっしゃいます。そんな中でもお年を召した元気な方もいらっしゃいます。また、テレビやラジオで子供、それこそ赤子が亡くなったニュースが流れたりしているこの世の中です。今私たちが生活している事、夜眠る事、朝起きる事、これらは本当に色々な縁があり「今」があるという事です。

「生老病死 報恩謝徳」

 生きる事・老いる事・病を患う事・死ぬ事、これらすべてを感じる事が出来るのは人間として産まれた私たちだからこそです。だからこそ、そのすべてに対しての恩に感謝し、その恩に私たちが出来る限りの事をして生きるべきだと思います。その第一歩としてお念仏を唱える事です。

  朝起きた時、おはようございます。南無阿弥陀仏
  いただきます。南無阿弥陀仏
  ご馳走様。南無阿弥陀仏
  おやすみなさい。南無阿弥陀仏

 などなど、すべてにおいてあたりまえにお念仏を唱え、あたりまえが常に有難いと思いお念仏を唱える生活をし続けて頂きたいと思います。

合 掌

(第五組 橿原市 念佛寺 阪本大樹)


▼  第四組 桜井市 西念寺 和田倫啓  ▼

 庭のアジサイが綺麗に咲き、雨に美しく濡れております。自坊の周りでも田植えが終わり、カエルの合唱で賑やかな夜を過ごす日々が続いております。私の住んでいる桜井市には真言宗豊山派の総本山である長谷寺というお寺があり、そちらではたくさんのアジサイがまさに満開を迎えております。そして鎌倉にも浄土宗系の単立寺院である長谷寺があると聞いておりました。

 この6月に鎌倉にご縁があり長谷寺をお参りさせていただく機会がありました。寺伝によると、天平8年(736年)、大和の長谷寺(奈良県桜井市)の開基である徳道上人を藤原房前が招請し、十一面観音像を本尊として開山したとされています。そしてこの十一面観音像は、観音霊場として著名な大和の長谷寺の十一面観音像と同木から造られたそうです。すなわち、養老5年(721年)に徳道上人は楠の大木から2体の十一面観音を造り、その1体(本)を本尊としたのが大和の長谷寺であり、もう1体(末)を祈請の上で海に流したところ、その15年後に相模国の三浦半島に流れ着き、そちらを鎌倉に安置して開いたのが、鎌倉の長谷寺であるとされるのです。

 観音様は観世音菩薩とも言うお名前で、大慈大悲のお心で私達凡夫を哀れみ、私達が発する救いの声を見、即座に救いの手を差し伸べ、苦厄を救って下さるところから、世の音を観る菩薩、観世音菩薩と呼ばれるようになったと云われています。このような背景を学びますと当時の生活の困窮、救いを求める衆生の熱意、そして現代の豊さという点も改めて考えさせられました。

 私は今月鎌倉の光明寺にて、4泊5日と短期間でありますが総勢16名で寝食を共にし、仏道に励んで参りました。まさに5年ぶりの寺籠りです。緊張感が充満している中、開講式にて御本尊様を拝顔させていただくと阿弥陀如来様がなんともお優しい顔で迎えて下さっているのです。とても勇気づけられました。
 朝5時頃に起きて勤行、講義、実践、自習と夜中まで続いていきます。からだの疲れを感じ、有難い時間を共にしながらも仲間同士で集まっては出る弱音…。テレビも勿論ございません。携帯もほぼ触っている時間はなく、外部との接触がほぼない時間を過ごしました。しかし、日が経って行くとこの時間が充たされていて、もう少しいたいなと感じることもありました。修行の魅力の一つでもあります。
 そして、あっという間に閉講式。その帰りに長谷寺に寄らせていただくこともでき、仏縁の喜びに浸っておりました。4時間ほどかけてさらにクタクタになりながら桜井市の自坊に帰り、ほっと一息し、テレビをつけました。その瞬間です。
 福岡県のお父さんが家族3人を殺害したニュースが流れてまいりました。私は一気に今いるところは迷いの娑婆世界であるなと感じました。知ること、知らされること。それには迷い悲しみが生じることを体感させられました。

 仏道修行の身。財布も持たず、私語も最低限で食事も静かに行います。そのようなお寺での生活を皆でさせていただきますと、極楽浄土で過ごす時間とはこれだと確信を持たせていただけました。また、仲間がいることの尊さと1人では何も頑張れない己を再認識しました。さらには、往生を願う心と仏にすがる自分自身を見つめることができました。六道を輪廻することなく極楽に往かせていただける。お念仏は非常に有難いと感じております。深々と頭を下げることしかできない私を救って下さる阿弥陀如来様に感謝しております。

合 掌

(第四組 桜井市 西念寺 和田倫啓)


▼  第三組 川西町 極楽寺 白馬龍毅  ▼

 私は、僧侶をする傍ら川西町の総合型地域スポーツクラブのクラブマネジャーをさせていただいております。

 総合型地域スポーツクラブとは?

1.一つの種目だけでなく、複数の種目がある。
2.子どもから高齢者の方まで、年齢、興味・関心、体力、技術・技能レベルなどに応じて活動できる。
3.定期的・継続的にスポーツを行うことができる。
4.個々のスポーツニーズに応じた指導が行われる。
5.スポーツ活動だけでなく、文化活動も行っている。

 「総合型」とは、種目の多様性、世代や年齢の多様性、技術の多様性を包含していることを指しています。クラブの主役は「地域」の住民の皆さんです。「地域」の皆さんが各地域でそれぞれ育み、発展させていくのが総合型地域スポーツクラブ(以下クラブ)です。

 私が、クラブに携わったきっかけは、小学生の時にお世話になった地元の少年野球に貢献できないかと思い、クラブの野球教室の指導に当初はボランティアとしてかかわらせていただきました。その後クラブの存続及び教室やイベントの活性化のためにスポーツクラブ事務をやってみないかとお声かけを頂き、クラブの統括であるクラブマネジャーの資格を有し、現在の職に就かせていただいております。

 クラブマネジャーの研修にて学ばせていただいた中に、僧侶としても意識して取り組んでいかないといけない事があると感じました。

①自身のすきな物事の良い所を追求し、行動すること。

・好きなことに対して、自身は何とでも取り組むことができる。しかし、その中には何人も喜ばれないこともある、自身だけ、仲間だけ喜ぶのではなく、すべての人に喜ばれることを追求し、取り組んでいくことを心がけることが重要ではないか。

②地域の方により近い存在であること。

・自ら行わなければいけない事や地域から頼まれたことなどを積極的にかかわることによって地域の中で知られる存在になる。ひいては、町の安全や防犯などにも繋がっていくのではないか。

③自ら発信し続けること。

・自分自身のアピールをしていくことにより意義が見えてくると同時に、共感していただける方や、意見をいただける方などがあり、世間を広げていけることに繋がっていくのではないか。

 上記のことを受け止めながら、クラブマネジャーとして、また僧侶としての地域での在り方や、やりがいを感じさせていただいております。当たり前のことではありますが、なかなか行動にしていくには勇気と根気が必要です。まだまだ未熟なわたくしではございますが、地域また、お寺の活動がより一層活発になっていくことをめざし、自分自身と向き合い邁進させていただきたく思っております。

 最後にこの記事を読んでいただきましたお方様にも地域にこういったクラブが存在するかと思います。是非ご活用いただき健康で長生きできる身体づくりを目指していただきたいと思います。

合 掌

(第三組 川西町 極楽寺 白馬龍毅)


▼  第二組 大和郡山市 洞泉寺 木上俊道  ▼

 我々僧侶には、「一掃除、二勤行、三学問」という言葉があります。
 お坊さんはまず第一に掃除を、次に本堂でお勤めをして、それから勉学に励みなさい。私も昔、師僧からよく言われていた言葉でした。

 この一つ目の「掃除」というのは一般の家庭でも毎日なさる当たり前の事ですが、忙しい時などはついつい疎かにしてしまいがちです。しかし、人が生活していく上では家庭でも社会でもとても大切な事であります。

 私は数年前に航空自衛隊に勤めていたことがあり、在任期間は三年と短い期間ではありましたが、日常では出来ない色々な経験をさせていただきました。その中でも掃除という行為はとても大事な役割を持っていました。

 自衛隊の年間行事の中に「点検」というものがありまして、簡単に説明しますと、指揮官クラスのとても偉い方々が基地内施設の各部屋を見てまわるといった内容なのですが、指揮官クラスの方々が見られるので当然ながら綺麗に掃除をしなくてはなりません。綺麗にというのも生活感が見えない位にしないとなりません。もちろん毎日掃除は行っているわけですが、この「点検」が行われる前日は大掃除になり通常の業務を最小限にして隊員総出で清掃を行います。

 隊員は多いのですが、その分部屋数も多いわけで、仕事場から隊員の居住する部屋まですべてを掃除していきます。その中でも一番大変なのが床掃除で、隊員は皆、革靴やブーツを履いて仕事をするので廊下や部屋の床にはどうしても靴墨があちこちに付いてしまいます。これらの靴墨をスポンジで一つ一つ落とし、ワックスをかけてポリッシャーで磨き上げます。この作業だけでおよそ半日以上かかり、それ以外にも窓ガラスにサッシ、ドアノブや蝶番といった細かい物まで全てピカピカに磨き上げていき、朝から始めた作業も全て終わるのは夜になっています。
 終わる頃には外も暗くなり丸一日掃除をしていた疲れもあり、その時は今一つ実感が湧かないのですが、点検当日の朝に改めて施設内を見るとその美しさに感動すらしてしまいます。

 目に見える達成感と綺麗に整った環境を見る事で、気持ちが前向きになり仕事を頑張ろうと思えてきます。

 同じように、掃除された清められた環境でお勤めする事で心からのお念仏をすることが出来るかと思います。昨年、浄清の大和巡礼念仏行脚に参加させていただきましたが、立ち寄らせていただいたご寺院様すべて綺麗に掃除が行き届き、歩き疲れた身体ながらもより一層念仏に気持ちを込めさせていただくことが出来ました。

 これからも一掃除の心を大切にし、お念仏をお唱えしていきたいと思います。

合 掌

(第二組 大和郡山市 洞泉寺 木上俊道)


▼  第一組 奈良市 称念寺 杉浦和真  ▼

 ここ最近、季節が冬から春に移り変わるのと同じように人との出逢い、そして別れをいつもより感じるように思います。今まで元気だった方が、ある日突然ということが重なり驚きを隠せません。やはり人との別れは辛いものです。

 亡くなられた方をお見送りする度に、この世の無常さをひしひしと痛感いたします。無常とは「常無らん」こと。私たちは毎日、1年365日同じ日数を過ごしますが、その日一日一日に全く同じ日はなく、常に違うことを見て、感じ、経験し、生きています。

 この世も同様に常に変化をし続けているということです。そして、その無常の中に愛しい人といつかは離れなければならない苦しみ、愛別離苦をはじめとする四苦八苦の中を、もがきながらそれらを受け入れ過ごしています。

 お通夜、お葬式の席、そして日々のお勤めのなかでも一緒に合掌をし、お念仏をお唱えしてくださっている姿を必ずお見かけします。お念仏は亡くなられた方へのご回向はもちろんですが、それと同時に自分自身へのものでもあると思います。

 私も経験があるのですが、お念仏の最中に突如涙が込み上げてきたことがあり、その時にお念仏は自分の心の中と向き合う大切な時間でもあるのだと気づきました。「南無阿弥陀仏」という言葉は、無常のこの世の中を生き抜く私たちの心の支えとなり、日々起こる様々な苦しみを乗り越えていく大きな力を私たちにくださっているのではないでしょうか。

 今日も様々な思いを胸に抱きながら、しっかりとお念仏をお唱えしたいと思います。

合 掌

(第一組 奈良市 称念寺 杉浦和真)


▼  第五組 橿原市 法満寺 漆良彰  ▼

 立春も過ぎ、暦の上では春が訪れているとはいえ、冬の寒さを感じる日々の中。早朝の寒さに、もう朝が来てしまったのか・・・と、布団にくるまりたくなる様な朝もまだまだございます。皆様いかがお過ごしでしょうか?

 先日、私の師僧でもあります父が古希を迎えました。ご縁ある方々に支えられながら無事70歳を迎えさせていただきました。しかし、昨年父本人にとってまた家族にとって無事古希を迎えられるのかと少し心配になる事がありました。
 
 昨年の夏も終わりかけの頃、父は近所の掛かりつけ医の元で定期健診を行いました。その結果、手術が必要かもしれないという問題点が見つかり大きな病院を紹介してもらい再度詳しく見てもらう事となりました。
 早速に紹介してもらった病院で「今日明日どうなるというわけではないですが、やはり手術しましょう。」という診断を受けました。
 内容を聞いてみますと、心臓の弁がつまりかけていたそうです。いままで生活の中で気づけなかったと思いますが、本人が気づく時はつまりは心臓の弁が詰まる時。そうなると血が心臓で滞ってしまって大変な事になってしまいます、そうなる前に心臓の弁を交換しましょう。というお話でした。
 心臓の弁を交換する?どのように行うのか詳しく聞いてみますと、本人の心臓の膜?か皮膚?かを使って手術中に新たな弁を作り出し悪くなった弁と交換するということで、その間はもちろん心臓を止めないといけないので血液の流れを人口心臓に切り替えて行うという事でした。
 心臓を止めるという事に、本人も家族も普段の生活の中で思いもしていなかった出来事に不安を感じながらもお願いすることとなりました。手術前、父は「こうなっては、お医者さんに全てをおまかせするしかない」と話しておりました。
 実際、手術が始まると本人が言う通り家族もお医者さんにおまかせするのみ。手術の結果は、問題なく手術を終える事ができ、術後の経過も順調で無事に退院の日を迎えることが出来ました。

 先日父は、無事古希を迎えたわけでございますが、手術がいよいよ始まる時を思いかえし、全身麻酔で意識がなくなる前、心の中でお念仏をお称えし、もしこの手術で何かあってもその時は阿弥陀様に全てをおまかせするだけだ。そう思うと落ち着いて手術にのぞむことが出来た。と手術の後日談を聞かせてくれました。
 その話を聞いた時、

 『 阿弥陀仏と 十声称えて まどろまむ 永き眠りに なりもこそすれ 』

 法然上人様のこのお歌が頭に浮かび上がってまいりました。
 「南無阿弥陀仏とお十念を称えて、まどろむのがよい、永遠の眠りになるかもしれないので」と、我々はいつどのような事で死ぬかもしれないこの娑婆世界の無常の身。だから眠る前にもお十念をお称えするようおすすめになられたお歌でございます。
 
 いつどのようなことがあるかもわからない無常の娑婆世界、あたり前があたり前でないという事を昨年の父の出来事で確認させていただきました。法然上人様のお歌にありますように毎朝の目覚めは、あたり前ではありません。
 まだまだ寒さの残る日々の中ですが、今日も無事に朝を迎えさせていただいたと感謝して、朝をむかえる事が出来たなら多少の寒さも  を感じる喜びとなるのかもしれません。

合 掌

(第五組 橿原市 法満寺 漆良彰)


▼  第二組 生駒市 生玉寺 佛姓泰淳  ▼

「願い一言」

 新聞でこんな記事を見つけた。

 『大切な友だちなのに、我慢できずに喧嘩してしまった。心臓がドクンとして痛い。謝りたい気持ちと謝ってきてくれるかなという期待が行き交って、決心がつかない。
 本当はいつもみたいに戻りたいのに、決心がつかなくて嫌になる。もしまだ怒っていたらどうしよう。泣いてしまうかも知れない。でも……「いいよ。」と言ってくれると願って、そして明日こそ「ごめんな。」と言える勇気が出せますように……。』
(平成28年12月7日 『朝日新聞』奈良版より)

 願いを一言だけかなえてくれるという御所市の葛城一言主神社にちなみ、願いをテーマにつづる「はがきの名文コンクール」で佳作に選ばれた明日香村の小学5年生のはがき文である。

 友だちと口げんかした後の気持ちを素直に綴った、友への思いがよく現れている。願いがかなってきっと仲直りができそうだ。

 一言だけの願いをかなえてくれるとなれば、どんなことを願うのか。

 大抵は自分自身のことをお願いするのかも知れないが、「はがき形式」なので、当然相手がいるわけで、書き手が相手のことをどう思っているかがにじみ出る。自分のことでなく相手のことを考えていることがわかることで、温かいものが感じられる。友だちや夫婦、親子の関係は、無償で相手のことを如何に思いやるかということだと思う。

 しかし、いつも相手の思いに立つことは、私たちにはなかなかできることではない。私たちは殆どの場合、願いというより、自分のことで「こうしたい」、「ああなりたい」というような欲と呼ばれるものばかりである。欲と願いは違うのである。欲は自分のためであり、願いは他人のためである。

 この欲と呼ばれるものは、ひとつのことがかなうと、新たな欲が生まれ、それがかなうと、また別な欲が次々と芽生える。また、かなわないと不信や不満が沸いてくる。実に厄介なものである。

 同じ願いであっても、阿弥陀様の願い、即ち本願は「わが名を唱えよ。わが名を唱えたならば、如何なる者であろうとも、必ず救う。もしそれができないのであれば、私は仏とはならない」と、誓ってくださっている。

 日々の暮らしで、欲を少なくし、その分願いを多くすると共に、阿弥陀様の願い、本願を信じて、念仏に一層精進をしていきたいものである。

合 掌

(第二組 生駒市 生玉寺 佛姓泰淳)